千駄ヶ谷の端にある世界中から集う店。
その店は土日しか開いていない。『#FFFFFFT』――。コードネームみたいな店名は「シロティ」と読む。ウェブなどで使う色指定の記号で「# FFFFFF」は“白”を表すからだ。
「そこにTがついて『シロティ』」とオーナー夏目拓也さんは言う。
「世界でもココにしかない、唯一無二の白T専門店なんですよ」
最寄り駅は千駄ヶ谷の裏通り。近くの原宿の賑わいからは程遠い静かな住宅地だ。それでも土日になるとオープン前から大勢が並ぶ。夏目さんの目利きで集めた国内外のブランドの白Tを求め、わざわざこの地を訪れるのだ。
いや。「白Tを求めて……」ってのは少し違うのかもしれない。お客さんの多くが、白Tと“出会う”ためにココを訪れる。夏目さんのサジェストを頼りに「自分に担う白T」を“探す楽しみ”を味わうために店に来ているからだ。
「すべて異なる種類の白Tを常時約70種揃えています。生地もデザインも違う白Tをこれだけ着比べられる店ってありませんからね」
考えてみたら白Tは「ファッションの基本」なんて言われるわりに、着こなしが難しいアイテムだ。プリントや色柄がない分、体型が出やすくヘタすると下着のようにも見えてしまう。実はしっくり来る一枚とは出会いづらいのだ。
「そう。そんな“白T迷子”の人って多い。だからこそ僕が必ず接客して、お客様の好みや悩みを聞きながら、理想の一枚と出会うお手伝いをしているんですよ」
唯一無二のスタイルに憧れていた。
白T好きになったのは、大人になってからだった。1982年に生まれ、神奈川で育った夏目さんは、中高生の頃からファッション好きだった。もっとも当時は裏原やストリートファッション隆盛の頃。ルーズシルエットにロゴやプリントがてらいなく入った装いを好んだ。
同じ頃好んだのが音楽だ。バンドを組んで、ギターに夢中になった。ミッシェルガンエレファントのアベフトシやイースタンユースの吉野寿が好きだった。夏目少年の好みが透ける。
「ファッションでもギターでも、唯一無二のスタイル、強烈な個性を持った人に憧れていた。自分が何でもそつなくこなすタイプの人間だったから、なおさら」
高校卒業後は、ベンチャー起業家を多く輩出する慶應義塾大学のSFC(湘南藤沢キャンパス)に進んだ。卒業後は大手広告代理店へ。マーケッターとして、クルマメーカーや飲料メーカーのブランド戦略などを手掛けた。
安心してほしい。話が“白T”とどんどん離れていくが、マーケッターになって数年後、偶然出会った一着が、今に続く起爆剤となる。
サーフショップで手にした「しっくりきた」出会い。
就職してからサーフィンが趣味になった。休みの朝は千葉や湘南の海へ。帰りしな、フラッと入ったサーフショップでTシャツを漁った。横乗り系のロゴや柄が並ぶ中、ピンとくるものが見当たらなかった。ただ店の奥にある一枚に何となく袖を通してみると、「驚くほど“しっくり”きた」という。
「真っ白な無地の白Tでした。これまでなら見向きもしなかったんだけれど不思議と目が向いた。若い頃から散々いろんな格好をしてきたからこそ、スタンダードなところに帰ったんでしょうかね」
ただそこからのアクセルの踏み具合はスタンダードじゃない。海外のラグジュアリーブランド、ストリートブランド、ファストファッションやコンビニまで。白Tとあれば買い漁った。10代の頃、ストリートで流行った服やスニーカーを集めては愛でた。白Tに特化して、それをしたわけだ。
仕事着も最初はスーツ姿だったが、徐々にインナーも白Tに変更。吉田栄作か夏目拓也かというほど白Tの人になった。面白いのが、見た目だけじゃなく“見る目”も変わったことだ。
「ひとことに白Tといっても素材や生地、縫製やデザイン、白の色味も手触りも作り手の思いまですべて違うと気づける。『ここは白Tにもこだわりがあるな』『白Tだからってココは手を抜いているな』と白Tを通してブランドのスタンスまで見えてくるんです」
クローゼットに白Tだけで200枚以上も集めた、夏目さんだけが見える景色があったわけだ。加えて新たな思いも湧き上がった。
「なぜ、これだけ奥深くて面白いのに白Tの専門店がないんだと。『自分がやるしかない!』と思っちゃったんですよね。勝手な使命感と衝動に駆られたんです」
クライアントワークではなく、自分のうちから湧いたモチベーションだったのも推進力になった。焦りに近い感情すらあった。
「白Tへの愛だけは誰にも負けない自負があったので他の誰かにやられたくないと思ったんです。自分がやらなきゃ誰がやる、そんな気持ちが日に日に強くなって」
あえて週末だけオープン、あえて駅から遠くした。
まずは仕入れから始めた。愛用してきた白Tの中から、選りすぐりのブランドに取引を願い出た。アパレル経験もなく店もまだなかったが、多くの会社が世界初のコンセプトに驚きつつ、「面白そうだね」と乗ってくれた。
「『世界初の白T専門店に、御社の白Tは欠かせないんです』と熱っぽく伝えると、面白がってもらえましたね。広告会社で培ったプレゼンスキルも役立ったかな」
まずは国内外の30 ブランドを口説いた。平行して進めていた物件探しは、千駄ヶ谷の今の7坪に辿りついた。元駐輪場だったスペースを、大家さんに頼んで、ユニークな三角形の店舗物件にしてもらった。駅から遠いのは、「土日しかオープンしない」スタイルとも密接につながっている。
「繁華街にあって『何か良さそう』とフラッと入ってくるお客さんというよりは、理想の白Tを求めて『わざわざ来たくなる店』にしたかったんです。ネットで何でも手に入りやすい時代、ただモノを売る店じゃあ意味がない。僕みたいな白Tを偏愛する人間が、理想の白T探しを手伝う。その体験にこそ価値があると考えたから」
さすがの戦略。いや、偏愛だからこそ自分が辿ったような、すばらしい白Tとの出会いの感動を分かち合いたいと思ったのだろう。
こうして2016年、白Tのみを取り扱う世界初の店『#FFFFFFT(シロティ)』はオープンした。尖った男に憧れた夏目さんが、やたらトガった店を出した。
思った以上に多かった白T選びに悩む人たち。
すごいのは初日からいきなり長蛇の列が発生したこと。『面白い!』。多くのメディアが白Tだけ集めた斬新なビジネスモデルを取り上げ、それがバズった。さらに大きかったのは、思った以上に白Tに対して「悩み」「解決策」を求める人が多かったことだ。
「お客さんは僕のような白T好きや洋服好きもいますが、白Tを着たいけど何をどう選んでいいかわからない“白T迷子”の方が圧倒的に多かった。『下着のように見えてしまう』『透けるのが嫌』と三者三様の悩みを持った人たちが」
そうした要望に夏目さんは丁寧に応える。「このブランドはシルエットが絶妙で上品に見える」「厚みとシルエットの掛け算で透け方は変わる」。ソムリエのように国内外から集まる白T迷子の方々の課題を解決してきた。そのためだろう。商品購入率は来店客の約9割と驚異的な数字を持つ。
今年ですでに8年目。様々なブランドとの別注やコラボも増えた。アメリカからデザイナーが来店、直接自社製品を提案してきたこともある。昨年はあの吉田栄作氏とのコラボまで手掛けた。『シロティ』は、もはや世界の白Tカルチャーを牽引する聖地なのだ。
それでも夏目さんが日々感じてる醍醐味は、今もコレだという。
「『理想の一枚と出会えた』と言ってくれるお客さんの笑顔と出会えることですね。『ウエディングフォトを白Tで撮りたくて』と選ぶカップルや『孫のプレゼントに』と白Tを買われるおじいちゃんとおばあちゃんもいたりする。体験を売るこの店で、僕自身も最高の体験をさせてもらっています。
買い手も売り手もそんないい体験ができるのか――。
興味や疑念を抱いたなら直接『シロティ』を訪ねて体験してみてほしい。ただし、気がつくと「理想の数枚」になりがちなのと、土日しか開いてないことだけは、気をつけて。
歌舞伎町には「黒T 専門店」もオープン!
「黒Tの店は出さないの?」と聞かれ続けた夏目さんが、2021年に新宿歌舞伎町に出したのが『#000T KABUKICHO(クロティ カブキチョウ)』。黒無地だけを集めた黒T専門店だ。
「歌舞伎町でホストクラブや飲食店などを展開する手塚マキさんとの協業。僕は監修の形で参加しています。年齢も性別も職業も国籍も……すべてを混じり合わすように受け入れる歌舞伎町でやれるならおもしろいなと。僕がセレクトした最高の黒Tを揃えています」
バーとギャラリーも併設したカルチャースペースでもある。黒T好きはこちらもぜひ。
【DATA】
#FFFFFFT(シロティ)
東京都渋谷区千駄ヶ谷2-3-5 1F
TEL03-6356-9267
営業/土曜12:00〜19:00、日曜12:00〜18:00
休み/月〜金曜
http://www.fffffft.com
※情報は取材当時のものです。
(出典/「Lightning2023年4月号 Vol.348」)
Text/K.Hakoda 箱田高樹(カデナクリエイト) Photo/S.Kai 甲斐俊一郎
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