「セット・オン・ユー」で大復活を遂げたジョージ|ビートルズのことを考えない日は一日もなかった Vol.46

『ゴーン・トロッポ』以降新曲のリリースが途絶えていたジョージの音楽活動再開のニュースが聞こえてきたのは、86年6月の「プリンス・トラスト」だった。それ以前のジョージと言えば、オーストラリアでガーデニングを楽しんでいるとか、F1観戦に熱心だとか。たまに入ってくるエンタメに関する活動も自ら立ち上げた会社で映画製作についての話題ばかり。肝心の音楽に関しては誰かのコンサートの飛び入りしたとか、サントラに参加したということくらいで、それも音楽雑誌ではなく、ファンクラブの会報やフィルムコンサートで近況が紹介される程度、ファンの中でも過去の人という印象であった。

新宿シスコで買ったジョージ、5年ぶりのニューアルバム

ジョージ『クラウド・ナイン』

そのジョージが短い時間ながらもステージに立ち、観衆の前でリンゴとともにビートルズナンバーを披露したことは大ニュースであり、我々ファンも大いに驚いたわけ。それがジョージのミュージシャン心を刺激したのだろうか。「プリンス・トラスト」から1年半後、ついに5年ぶりのニューアルバム『クラウド・ナイン』がリリースされた。しかも、先行シングルの「セット・オン・ユー」が「マイ・スウィート・ロード」「ギヴ・ミー・ラヴ」以来の全米1位獲得する大ヒットを記録。久々にメインストリームに戻ってきた復活劇に世界中のビートルズファンは歓喜した。

当時わたしは、「セット・オン・ユー」のシングルUK盤と『クラウド・ナイン』の米盤LPを新宿アルタにあったシスコで購入した。たしかまだ日本盤リリース前だったと思うが、新着を客に知らせるように「セット・オン・ユー」が店内BGMとして大音量で流れていて、思わず心が躍った記憶がある。

だがリリース当初そこまでジョージが待望され、ヒットが予想されていたか、というとそこまでの期待値はなかったような気がする。『ベストヒットUSA』で「セット・オン・ユー」のビデオが流れた際も、あくまでも元ビートルズの久々の新曲という紹介に過ぎなかったし、新しいアーティストが続々と現れていたこの時期、紙メディアも積極的にジョージに誌面をさいたりすることもなかった。しかし、全米チャートを駆け上がり始めた頃から潮目が変わりはじめ、ラジオやMTV系のテレビ番組で大量に「セット・オン・ユー」がオンエアされると、あれ、いまジョージが来てる?みたいな空気が感じられるまでになった。

『マジカル』あたりへのオマージュ、パロディ

『クラウド・ナイン』からの2枚名のシングル「ウィ・ワズ・ファブ」

この特大ヒットは、元ビートルズの~、ジェフ・リンのプロデュースが~という音楽的側面よりも、当時人気を集めた映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』『スタンド・バイ・ミー』でフォーカスされた50年代~60年代リバイバルの機運と無縁ではないように思う。どちらも舞台は50年代のアメリカ、その巧みな時代考証が受けた理由のひとつであったわけだが、『アメリカン・グラフィティ』以降定期的に繰り返された温故知新ムーブメントが「セット・オン・ユー」に働き、デジタル、打ち込みサウンド全盛におけるアナログ回帰、ひいては『クラウド・ナイン』に結びついたと想像する。

曲の出来、アレンジ、演奏、ボーカルなど総体的に高クオリティを誇る『クラウド・ナイン』はビートルズ的サウンドと評され、ファンにとってたまらない一枚であるが、とくにうれしかったのは2枚目のシングルとしてリリースされた「ホェン・ウィ・ワズ・ファブ」である。『マジカル・ミステリー・ツアー』あたりへのオマージュ、いやパロディというべきサウンドは思わずニヤリとしてしまうものだったし、一瞬ビートルズの4人が集まったように見えるビデオクリップも秀逸であった。

ノスタルジーと最新テクノロジーを融合させたゴドレー&クレームによるこのビデオは、ピーター・バラカンも『ポッパーズMTV』で紹介していたほか『ミュージック・マガジン』の連載でも賞賛。玄人筋からも高評価を受けるなど、ミュージックビデオ全盛時代の傑作のひとつに挙げられていた。当時から「セイウチはポール説」が流れ話題になっていたが、それはないのではないか、と個人的には冷めた目で見ていたような気がする。

このヒットがのちに来日公演につながるのだが、この頃はそんなことは夢にも思わなかった、というのが正直な気持ち。ジョージの復活を素直に喜んだ。

ポール名義初のベスト『オール・ザ・ベスト』

『サムウェア・イン・イングランド』海賊盤

それから少し経った頃、西新宿のウッドストックで『サムウェア・イン・イングランド』のレコードを見つけた。同作は81年5月にリリースされたジョージのソロだが、そもそもは80年暮れに発売が予定され、音もジャケも完成し、宣伝も始まっていたにもかかわらず、ジョンの死によって延期、内容もジャケも一新されたという経緯があった。このとき見つけたレコードは改訂前の海賊盤。『セッションズ』以降の海賊盤マーケットは、高品質のレコードが続々とリリースされていたが、この『サムウェア』も同様にジャケの印刷、盤質、音質もよく、まるで正規盤のような代物であった。

オリジナル『サムウェア』の特徴であり、魅力は、なんといってもジャケにある。ジョージの横顔の後ろ髪がイングランドの地形の形をしているという斬新なデザインには、最初に『ダブル・ファンタジー』帯裏の告知で見たときから惹かれていたから、改訂版を見たときは心底がっかりしたものであった。だからこそ、この海賊盤を見たときは歓喜し、手に取ってすぐにレジに持って行った。ちなみに藤本国彦さんはこのレコードを82年12月8日、ゲットバックの開店セール(3800円→800円)で買ったとのこと。盤自体はかなり前から出回っていたらしい。

収録曲についても、改訂版には入っていない「サット・シンギング」のような名曲もあって、なぜこれが外されたのだろうかと、複雑な気持ちになったものである。この「サット・シンギング」はジョージの豪華な著作の付録に付いたCDに収録されているが、公式にはそれでしか聴くことが出来ない、なんとも不遇な曲といえる。

最後に映画『ウィズネルと僕』に触れておきたい。ジョージが興した映画会社ハンドメイド・フィルムズによって、87年に製作されたこの作品は、60年代後半のロンドンを舞台に描かれたほろ苦い青春もの。いかにもイギリス映画という風合いの空気感が、一部ファンの間で絶大な人気を誇るカルト的作品だが、リアルタイムでは知らず、91年の日本公開時にも観ることはなかった。しかし、その後知り合った森川欣信さんからこの映画がいかに傑作であるかを力説され、後半「ホワイル・マイ・ギター・ジェントリー・ウィープス」が流れるということを聞いてから俄然興味を持ちだした。

情報を探したのだが、リバイバル上映もソフト化も気配がなく、ようやく観ることが出来たのは2014年、吉祥寺バウスシアターでの閉館記念上映であった。十年以上越しの念願に、初日朝一で観に行った思い出がある。

『ウィズネルと僕』ペーパーバック
この記事を書いた人
竹部吉晃
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竹部吉晃

ビートルデイズな編集長

昭和40年男編集長。1967年、東京・下町生まれ。ビートルズの研究とコレクションを40年以上続けるビートルマニア兼、マンチェスターユナイテッドサポーター歴30年のフットボールウィークエンダーのほか、諸々のサブカル全般に興味ありの原田真二原理主義者。WEBメディア『昭和MILD(https://showamild.com/)』もよろしくお願いします。
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