ファンオンリーの映画『ブロード・ストリート』|ビートルズのことを考えない日は一日もなかったVol.31

1984年新年早々、たまたま見ていた『3時にあいましょう』で「ポールとリンダが大麻不法所持で逮捕される」というニュースが報じられた。番組後半の最新トピックの中で、空港で記者に取り囲まれるポールの姿が少し流れたのだ。すかさずビデオに録画。ポールの近況が見られたのは嬉しかったが、「また大麻か」と思ったのも束の間、「3年前に日本で捕まったばかりなのに」という芸能記者・鬼沢の一言に暗い気持ちにさせられた。

84年のビートルズシーンは『ブロード・ストリート』一色

「ひとりぽっちのロンリー・ナイト(バラード篇)」

そんな沈んだ気持ちを埋め合わせてくれたのが映画『ヤア!ブロード・ストリート』であった。この年後半のビートルズ・シーンは『ブロード・ストリート』一色で埋め尽くされたといっても過言ではない。9月に主題歌「ノー・モア・ロンリー・ナイト(バラード編)」(邦題「ひとりぽっちのロンリーナイト」)のシングルがリリースされたのを皮切りに、一か月後にその12インチとLP『ヤア!ブロード・ストリート』(CDとカセットにはLP未収録曲が入っていた)が続き、12月に待望の映画『ヤア!ブロード・ストリート』が公開された。

その間約2ヵ月、雑誌、新聞、テレビ、ラジオを含めてかなり多くの場所でポールの曲が流れ、宣伝用スチール写真を目にした。映画会社とレコード会社により、入念なプロモーションが行われていたが、そもそも、ポールが自身で脚本・主演・音楽を務める映画が進行中ということはかなり前から伝えられていた。『ベスト・ヒット・USA』では、ポールの曲を紹介する度にスチール写真を見せてくれていたし、ファンクラブの会報でも進捗状況が伝えられていたので、その都度期待感が高まっていたのだが、何度も公開日が延期になっていたため、いささか待ち疲れた感のあるタイミングでの公開だった。

「ノー・モア・ロンリー・ナイト」で覚えているのは、その年TBSで始まったばかりの『ポッパーズMTV』で1曲目に紹介されたことだ。ポールがコーヒーかココアか紅茶を入れたマグカップをもって屋上に上がり、朝焼けのロンドンを背景に「ノー・モア・ロンリー・ナイト」を歌うというPVの中にインサートされる映画のダイジェストが印象的で、否応なしに映画への期待が高まった。日本(テレビ朝日)で放送が始まったばかりの『MTV』でも、何度も取り上げられた。初期はまだ試験段階だったのか、アメリカでの放送をそのまま字幕付きで放送しており、マーサ・クインの案内で何度か映画が紹介されていた。ポールが劇中乗っていた改造車をプレゼントするという企画もあったと思う。おなじみのNHK『海外ウィークリー』ではポールの最新インタビューとともに野中ともよが映画の見どころを教えてくれた。「人を楽しませるには自分が楽しまなければ駄目さ」という一言は今でも記憶に残っている。

有楽町すばる座で観た『ブロード・ストリート』

『ヤア!ブロード・ストリート』サントラ盤

そのほかテレビの情報番組では土曜深夜の日本テレビで放送されていた『海賊チャンネル』で取り上げられたことがあった。所ジョージが司会の、エロがウリの番組の中に海外のエンタメ情報コーナーがあり、新作映画のアメリカでの評価をそのまま紹介するというものだった。『ブロード・ストリート』はおしなべて評価が厳しく、鑑賞後の観客のコメントに交じって、「つまらない。駄作」と少年に言われてしまうシーンにはちょっと傷ついた。ファンオンリーの映画であることをあとから気づくのだが、この時点ではまだ鑑賞しておらず、何とも複雑な気持ちにさせられたものであった。

一方、ラジオでは杉真理『コージー・ポップ・フィールド』内でポール特集が組まれ、『ブロード・ストリート』から「イエスタデイ」などのビートルズナンバーが何曲か流れた。聞き終えたあと感動のあまり言葉に詰まる杉さんに共感し、勝手に親近感を覚えたものだった。以後、杉さんのラジオにダイヤルを合わせるようになり、とくに85年からスタートしたFM横浜『マジカル・ポップ・ツアー』は、ELOやトッド・ラングレン、アル・スチュアートなど、ビートルズ・フォロワー的なアーティストの名曲をたくさん教えてもらったという意味で思い出深い番組である。今でもELOの「シャングリ・ラ」が好きなのは、歌詞の一節(サビは「彼女は『ヘイ・ジュード』のフェイド・アウトのように消えていった」を杉さんに教えてもらったからである。

前売りチケット

さて、肝心の『ブロード・ストリート』は84年の冬休みに地元の友達4人で有楽町のすばる座で観た。一緒にバンドをやっていたKSくん、KKくんとAくん。ほぼ毎日のように会っていた中学校時代のいつものメンバーで有楽町に向かったのだが、いざ駅に着いたとたん、問題が起こった。KSくんが「『ブロード・ストリート』ではなく『ゴジラ』か『ゴーストバスターズ』を見たい」と言い出したのだ。できたばかりの真新しいマリオンの前に掲げられた話題作2本のポスターを前に心が揺らいだらしい。

同じようなことは5年前にもあった。メンバーは違うのだが、中学の友達5人で有楽町に映画を見に行った際、当初の目的は『ルパン三世カリオストロの城』だったのだが、日劇に掲げられた『戦国自衛隊』のポスターが目に入った友人2人は『戦国自衛隊』を見たいと言い出したのだ。『カリオストロの城』が今のように名作という評価が定まっているわけではなく、一方で角川映画は当時の子どもたちへの訴求力は抜群であり、『戦国自衛隊』は冬休みロードショーの話題作でもあったから急に気持ちが揺らいだ。だが、3対2の多数決で『ルパン』に軍配が上がった。あのとき『カリオストロ』をロードショーで見られてよかったと今も思っている。

映画帰りに気づいた憂鬱な現実

『ヤア!ブロード・ストリート』映画プログラム

KSくんはそこまでポールファンではなかったのでその気持ちはわからないでもなかったが、前売りを買っているゆえそこは譲れず、KSくんを説得して観たのだが、観終わったあとKSくんに少々申し訳ない気持ちになってしまった。あまりにファンオンリーの作品で、夢だったというオチも始末が悪く、子どもに「駄作」と言われても仕方のない内容だったからだ。とはいえ、個人的にはポールの姿が見られるだけで感激したし、演奏シーンだけでも観る価値は十分にあった。「イエスタデイ」「ヒア・ゼア」のビートルズナンバーはもちろん、バンドを従えてリッケンバッカーを持って「ノー・バリュー」「サッチ・ア・バッド・ボーイ」を歌うシーンが響いた。だが、KSくんには少々辛かったに違いなく、友達でありながらも多少恐縮しつつ、無理を承知で次の上映回をもう一度、「イエスタデイ」まで観ようとお願いした。「イエスタデイ」までというのは、81年夏に『ロックショウ』を見たときに友達に提案したのと同じ発想だった。

わたしの懇願に根負けした3人は渋々了承し、『ブロード・ストリート』を1回、「イエスタデイ」まで観て映画館を出ると、あたりはすっかり暗くなっていた。クリスマスシーズンの銀座の夜景がやけにまぶしく感じられた。4人とも空腹を感じていたものの、田舎者ゆえ銀座で食事をする勇気はなく、地元葛西まで戻ってラーメン屋に入り、そのまま自宅まで徒歩で帰った。

その帰り道、4人はふと我に返り、ただやりたいことだけをやって無邪気に過ごしている高校時代の陰に暗い現実が隠されていることに気づいた。高校3年も終わりというのに何も進路が決まっていなかったのだ。それはどこにでもある風景なのかもしれないが、のんきな自分もさすがに考え込まずにはいられなかった。無駄に時間を過ごしていたことを悔い、今後どうするのかという不安を慰めあいながら歩を進めるのであった。

この記事を書いた人
竹部吉晃
この記事を書いた人

竹部吉晃

ビートルデイズな編集長

昭和40年男編集長。1967年、東京・下町生まれ。ビートルズの研究とコレクションを40年以上続けるビートルマニア兼、マンチェスターユナイテッドサポーター歴30年のフットボールウィークエンダーのほか、諸々のサブカル全般に興味ありの原田真二原理主義者。
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