2ページ目 - 『8cmCDで聴く、平成J-POPディスクガイド』著者が語るホントの90年代と平成という時代|長井英治インタビュー

謎だった「だんご3兄弟」の異常な売れ方

「SAY YES」CHAGE&ASKA

――確かにね。今聞くとヒット曲としてよくできた曲が多い。オリコンのとき、ヒット曲を知るために部内でいつも有線が流れていたんだけど、そのときは好きでも嫌いでもなく仕事として普通に受け入れていたのね。でも、こうやって時間経ってみると、いい曲だったんだなと。そこはリアルタイムじゃわからなかった。不思議だよね。

長井:90年代のサウンドに耳慣れちゃうと、2000年代以降の曲ってすごい音がスカスカに聞こえてしまうんだ。それが90年代の違いなんだろうなと。今の人たちはああいう音数の少ない音楽が好きなんだろうなっていうのを思った。だから、90年代の曲を今聞くと暑苦しく感じるのかも。ギターソロ多いし。

――アーティストとクリエイターとA&Rが三位一体となった、さらにはタイアップ側の企業やメディアも加わった一大産業となっていた印象があるね。

長井:それはある。小室哲哉、小林武史、織田哲郎、つんく♂、奥田民生とか、有名プロデューサーの名前と才能で曲を売っていたという背景もあったよ。

――自分はミュージック・リサーチからオリコンっていう経歴で、この辺の売り上げ状況を近くで見ていたから、CDが飛ぶように売れる状況が数字として入っていたんだけど、長井はその現場にいたわけだから、もっと身近に感じていたわけだよね。

長井:あの頃、話題曲の発売日って1日中その曲しかお店でかけちゃいけないのね。流していれば売れるから。池袋パルコの山野で働いていたとき、CHAGE&ASKAの「SAY YES」の発売日に一日中店内でかかっていたの。それを目当てにお客さんがにひっきりなしに来るから、酸欠で倒れちゃった。空気が薄い場所で、同じ曲を繰り返し聞いていたら気持ち悪くなってきちゃって。

――広い売り場じゃなかったしね。

長井:CHAGE&ASKAのせいじゃないよ(笑)。「SAY YES」は異常な売れ行きだったから。とにかく月9ドラマの主題歌の発売日はすごくて、売り場にいる人全員が同じCDを持っていたのを見たことがある。

――月9神話あったよね。

長井:あと謎だったのが「だんご3兄弟」の売れ方。なぜ300万枚も売れたのか、いまだにわからない。

――集計日、上司に「本当に売れているのか。お店に電話して調査して」って言われて、みんなで手分けしてお店に電話した記憶がある。

長井:品切れになったんだよ。それで再入荷日に渋谷のHMVに行ったら、みんなそれを持ってレジに行列していた。

――発売日前からある程度のヒットはわかっていたけど、想像以上だったってことだよね。

長井:イニシャルもある程度予測して積んでいたけどもそれ以上の反響だったんだろうね。子ども向け曲がそんなに売れるなんて思わないよね。

――「たいやきくん」も子ども向けで大ヒットしたわけだけど、「だんご3兄弟」人気も異常だった。

長井:「だんご3兄弟」が99年の3月3日で、宇多田ヒカルの『First Love』が3月10日。あの頃は売り場がパニックになるくらいだった。あそこがCDのピークだったのかな。8cmCDは「ポンポコリン」で始まり、「だんご3兄弟」で終わったといってもいいかも。

――オリコンのときに年末の年間チャート発表する号にマーケティングリサーチっていう原稿を書いていてね。それがそのまま『オリコン年鑑』に流用されるんで、当時すごく真剣にマーケット状況を分析していたのよ。で、その前の年にB’z の『Treasure』『Pleasure』が出て、これがすごく売れて。その原稿で「もうこの2枚以上のセールは出ないのではないかと書いた3ヵ月後に『First Love』だから(笑)。

長井:誰も宇多田ヒカルの『First Love』があんなに売れるとは思わないよね。

――当時ネットはまだ影響力が少なくて、店頭に行かないと情報が取れなかったわけで、CDショップがメディアだった。しかも外資系の影響が大きかった。宇多田ヒカルあたりの女性シンガーのヒットは外資系CDショップの力もあったよね。

長井:自分は96年に山野楽器からHMVに移ったの。だから、その過渡期にいろんな売り場を見ていたから、すごくおもしろかった。山野とHMVでは売れているCDが全然違うから。

――当時は外資系CDショップの出店攻勢がすごかったよ。

長井:イニシャルも必然的に増えていくわけで。だから、当時のバイヤーってすごくもてはやされて調子に乗っちゃうわけよ。自分も若かったから、調子に乗っていたと思うよ。嫌なやつだったんだろうなって(笑)。生意気だったと思うよ。よく刺されなかったよ。だから、いい時代に生きていたなと思って。今月の『昭和40年男』の特集を読んでも思うけど、少しぐらい不適切なことがまだ許されていたいい時代だった。ネットも普及していなかったし。不適切なことが許されていたっていうわけじゃないけど、いい悪いちょっと置いといて、それがエンタメを作っていたんだろうなと思う。だから、今は窮屈だよね。

「だんご3兄弟」

80年代のレコード漁りはハンターかレコファン

――必要悪とういのは確かにある。当時長井の悪評は当時おれのところにも伝わっていて、責任を感じていたよ。そもそも長井はおれの一言でレコード屋に就職したんだものね。「そんなに音楽が好きだったらレコード屋に勤めればいいよ」って言ったら本当にそうなった。

長井:そうだね。それで山野楽器を受けて人生が変わった。竹部くんはプロデューサーなので、その人の才能を見出すのが上手なの。ずいぶん人生の指南をしていただきましたよ。

――それほどじゃないけど、喫茶店で一緒にバイトしていたときに言ったんだと思う。夜は居酒屋でね。

長井:そうだった。

――話に夢中で、お客さんから「日本酒熱燗で」と言われたのに間違えて焼酎をお燗して出しちゃったりね。

長井;でもお客さん気づかない。顔が真っ赤になっちゃってね。

――最後まで気が付かなかったんだ。悪いことしたよ。あと、メニューに焼売って書いてあるのに読めなくて、「餃子みたいなものだと思います」とか適当に言ったら「それで」と言われて、シュウマイ持って行ったとか。

長井;ランチのときの話もあるね。数量限定ランチなのにひとつ余ってしまって、どうしたんだと思ったらサンプルケースに入れていたサンプルをお客さんに出してしまったらしく。

――ランチが終わったらサンプルケースからサンプルを下げてお客さんから見えないところに置いておくのに、誰かが間違えて出してしまったんだよね。カピカピになってしまったやつを。それでもお客さんは普通に食べてしまっていた。文句も言わずに。ひどい話だけど笑える。それが許された時代なんだよね。あと、消費税が導入された89年4月1日の土曜日。一緒に出勤したらレジがパニックになったよね。

長井:その日の混乱をリアルに見ているからね。消費税3%。あのとき、1円を用意するのが大変でね。慣れてないからレジが遅くて行列できちゃって。

――この本はそういう時代感を思い出すんだ。

長井:あの喫茶店のバイトから始まってる気がするよ。

――長井はその頃からコレクターだったよね。

長井:それは変わってない。

――エピソードとしては、友達と皆で河口湖に旅行に行ったことがあって。車で。帰りが渋谷解散だったの。それで、渋谷の公園通りにあったハンターに行って、旅行帰りなのにたくさんレコード買って(笑)。

長井:あのときLPを10枚ぐらい買ったんだ。どこに行ってきたんだよって話で(笑)。

――渋谷のハンターって意味不明の飲み物の自動販売機があったよね(笑)。あれ、86年のことなんだけど。あと、二人で吉祥寺に行ったとき、ちょうどレコードからCDに切り替わる時期で、YOU&Iが閉店セールやっていて、レコードが投げ売り状態でね。

長井:あった。一枚100円。

――そこでもまた買いまくって。そういう思い出が尽きない。当時ってまだディスクユニオンってあまり意識なかったよね。

長井:全然。ハンターかレコファンだった。ユニオンは洋楽が好きな人が行くレコード屋ってイメージがあったからね。ユニオンは昭和歌謡館ができた辺りから頻繁に通うようになって、レコード収集が再演した感じだった。

――それからの8cmCD収集と。

長井:まさかこんなにはまると思ってなかったんだけど。

――8cmCDのピークはたった10年だけど、リリース数は半端ないよね。

長井:それも把握している人がいなくて。あの時代、ピークは年間にアルバム含めて数万タイトル出ていたらしくて。誰もその全貌を把握できてないっていうところも8cmCDの魅力のひとつ。だから今もう女性アーティストのものしか買ってないんだけど、探していると見たことないようなものたくさんあるよ。

――小室哲哉のプロデュー作品はすべてがヒットしている印象だけど、そうでもないよね。

長井:結構あるよ。アルバムからシングルカットされてるものはプレス数が少ないから見かけることが少ないしね。CDシングルは2000年に入ると8cmから12cmのマキシングルになって、そのとたんヒット曲が少なくなる。

――シングルとアルバムの差別化ができなくなってくるでしょ。

長井:iPodが出てきたのが大きかったと思う。2003年ぐらいだったかな。自分もすぐにiPodに移行しちゃったから。

――で、コピーコントロールCD問題。

長井:そうそう。で、2004年にミリオンがなくなっちゃうのね。その年、平井堅「瞳をとじて」が80万ぐらいで1位を獲ったんだけど、そこでひとつの時代が終わったなと思っていて。それで、2010年にHMV渋谷が閉店したでしょ。古巣ゆえに寂しかったな。2000年代はもうCDが売れなくなっていたから、厳しかったんだろうなと思っていたけど。

――CDって2007年ぐらいから急に売れなくなった印象があるね。

長井:自分は2006年にHMVを辞めてフリーになったんだけど、リーマンショックの影響で、翻弄された感はあるね。苦労したっていうか、辛い日々を送りました。5年ぐらい。

――おれも2007年にオリコンを辞めていて。

長井:同じ境遇を味わっているよね。

90年代カルチャーを残しておきたい

ロフト9が平日お昼に営業している「Cafe9」にて

――喫茶店のバイト時代から運命共同体的な(笑)。でもこうやって話を聞いていると、8㎝CDの推移=ヒストリー・オブ・長井90’sだね。

長井:それは別に意図したものじゃなくて、たまたまそうなっちゃったっていうか。繰り返しになるけど、8㎝CD=90年代というのが本当におもしろくて。たまたまなんだけどね。この本はその時代のヒット曲を僕も含めたリアルタイム経験者が真剣に原稿を書いているところが面白いと思うんだ。1曲400字。ウィキペディアで読む必要はないくらい充実した資料にもなっているのでぜひ読んでほしいです。

――読み応えありました。今後も8㎝CD再評価は続くのかな。長井の活躍の場も増えそうだけど。

長井:今は昭和レトロが人気で、昭和は語られるけど、90年代カルチャーってまだあまり語られていないから、残しておきたいなっていう気持ちがあった。今後は昭和レトロが落ち着いて平成がレトロの時代になるんじゃないかな。でもこれからは、自分より下の世代に平成を再評価してほしいなって思う。平成は彼らの時代だから。リアルタイム世代じゃないとわからない文化があるからね。そういう彼らをサポートしていきたいなって思う。

この記事を書いた人
竹部吉晃
この記事を書いた人

竹部吉晃

ビートルデイズな編集長

昭和40年男編集長。1967年、東京・下町生まれ。ビートルズの研究とコレクションを40年以上続けるビートルマニア兼、マンチェスターユナイテッドサポーター歴30年のフットボールウィークエンダーのほか、諸々のサブカル全般に興味ありの原田真二原理主義者。
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