刺し子の未来を拓く令和のチープシック考
![]()
厳しい寒さを凌ぐため、農民たちが麻布を幾重にも重ね、縫い合わせたことが刺し子のルーツとされている。文献上では400〜500年前にはすでにその存在が確認でき、庶民の暮らしに深く根ざした生活技術のひとつであった。
海外の装飾刺繍が宗教画へと発展していったのに対し、日本のそれは、あくまで日々の営みのなかで育まれ、地域固有の美意識へと進化していく。端緒は当て布の補強にすぎなかったものの、やがて装飾性を帯び、細やかな針目を施せることが器量の証とされてきた。
こうして日本各地に刺し子文化が息づくなか、とりわけ米どころとして知られる東北地方に、「庄内刺し」「菱刺し」「こぎん刺し」という日本三大刺し子が集中しているのは、寒冷な気候と農村生活という風土が、この技術を高度に発展させた結果でもある。藤原さんはそんな地域の手仕事を「現代のチープシック」として再定義する。
アパレルブランド「クオン」のファウンダーでもある彼は、現在「サシコギャルズ」というプロジェクトを通じて日本の伝統技法が持つ新たな可能性を世界へと発信している。この活動の原点は、2011年の東日本大震災にまで遡る。
「洋服が好きだったからこそ、ハンドクラフトを通じた被災地支援を模索しました。まずは福島県の南相馬でプロジェクト自体をスタートさせ、その後、宮城県の南三陸町を経て、岩手県大槌町の刺し子職人たちと出会ったのがすべての始まりでしたね」。
そう振り返る藤原さんは、彼女たちを「サシコギャルズ」と名づけ、活躍の場を創出してきた。同時に、活動の軸となる3つの哲学を一貫して掲げている。
「ひとつめは“刺し子の可能性を広げること”。文化が長く続くためには進化が不可欠であると考え、スニーカーや帽子など、これまで刺し子が施されなかったアイテムにアプローチし、新たな層に魅力を伝えています。ふたつめは“復興の先を示すこと〟。針仕事はメンタルヘルスに良く、現在はスマートウォッチを活用し、刺し子が心身に与える影響を可視化する取り組みも進めています。場所を選ばず、いつでも手を動かすことができる手仕事は、心を整え、支えるためのひとつの有効な手立てになり得ると考えています。そして3つめは“地域に産業を根付かせること〟。人口減が進む大槌町において、地元の高校と提携し、10代から70代までが同じ現場でともに活躍できる人材のパイプラインを作り上げたいのです」。
現在、メインの拠点となる岩手県大槌町には23名、東京や大阪に約8名の職人が在籍している。
スニーカーカスタムを例に挙げると、職人が1足あたり約40時間という途方もない時間をかけて一針一針手作業で仕上げているという。
「かなりの集中力を必要とするため、1日に2〜3時間の作業が限界です。アイテムにもよりますが、概ね完成までには1カ月前後を要します。各アイテムの価格は、熟練の技術に対する正当な対価であり、刺し子の文化を未来に残し、次世代を育成するための投資として決して高いものではないと思うのです」。
流派に囚われることなく、スニーカーの硬いヒールカップにも独自の工夫で針を通す彼女たちの姿勢を、藤原さんは敬意を込めて「令和の刺し子」と呼ぶ。
近年、日本の古いボロは海外からも熱狂的な支持を集め、市場価格が高騰し、投資対象となる側面も出てきた。極上のボロが文化資産として大切に保管される一方、異年代の生地を恣意的に組み合わせた模倣品が出回るリスクも生じている。
チープシック的観点から、特に価格だけにフォーカスするのであれば、サシコギャルズが手掛けるプロダクトは決して安いとは言い難い。しかし、刺し子の文化的な本質について、藤原さんは最後にこう力強く語ってくれた。
「我々が展開する商品は決してチープとは言えないかもしれませんが、刺し子という技法自体、そもそも庶民によってクリエイトされたもの、つまりはストリートから誕生した技法であり、いわゆる“ファッション〟とは一線を画す日本固有のチープシックであると考えているのです」。
地場の伝統技法が、いまも新たな文化を創出していた。

「ムーンショット」代表・刺子ギャルズ ファウンダー・藤原 新さん|法律業界を経て2012年に株式会社ムーンショットを設立。2016年に襤褸(ぼろ)や刺し子を取り入れた自社ブランド「クオン」を設立。

刺し子の可能性を広げるべく岩手県大槌町にて結成された「クオン」専属のベテラン職人たち、通称“サシコギャルズ”の面々。

「コンバース アディクト」のコーチキャンバスをサシコギャルズがパッチワーク調にカスタムした藤原さんのご私物。

昨冬、超少ロットでリリースされた「ザ・ノース・フェイス」×サシコギャルズとのカプセルコレクションより。定番のヌプシシリーズからのダウン半纏。参考商品。

一針一針手作業で施された刺し子からぬくもりが感じられる「クオン」のダッドキャップ。2万3100円

同じく「クオン」から。ステッチ止めと刺し子止めを組み合わせヴィンテージライクに仕上げたリラックスフィットデニム。6万500円
(出典/「
photo/Norihito Suzuki text/Takehiro Hakusui
関連する記事
-
- 2026.05.21
好きモノたちが緊急討論会! 国産アメリカンの魅力とは?
-
- 2026.05.21
働くヒトとヴァーグウォッチ。【vol.01靴磨き職人/「Chett」店主・大平雄太さん】
-
- 2026.05.10
【僕らが“エボ”を選んだ理由。】「ツインカム」から乗り換えた伯耆原健さんの場合