筆者は、2018年3月のシカゴの教育イベントでのiPad(第6世代)発表を含め、数多くの教育市場でのアップル製品の様子を取材してきた。
そもそも教育とは何だろう? 勉強して、いい学校に行って、いい会社に就職するためのもの? そうではないはずだ。人生を豊かに生きていくための知恵と知識を身に付け、学習者の心と身体を育てていくこと……そのためにデジタルデバイスが有効であるなら活用するべきた。数多くの学校を取材していく中で、そのためにアップルのデバイスが非常に役に立つということは見てきたつもりだ。

今回の講演全体を通して繰り返し語られていたキーワードは『Agency(エージェンシー)』、つまり学習者自身の主体性だった。エージェンシーという言葉は日本語に訳しにくいが、ざっくり言うと、『自分の意思で行動し、世界に影響を与える力』という感じの言葉だ。
たんなる自由ではなく、『自分で選ぶ』『決める』『責任を持つ』的なニュアンスを持つ。それゆえ『自己効力感』『主体性』『能動性』『自律性』と訳されるが、ぴったりする日本語はない(もしかしたら、そういう日本語がないこと自体が問題なのかもしれない)。この記事ではそのまま『Agency』と表記する。
アップルは、単にiPadやMacを学校に導入する話をしていたわけではない。むしろ、「学習者がAgencyをもって学びを選択し、自分の興味から学びを深めていく環境を、どうテクノロジーで支えるのか」という思想そのものを語っていたように思う。
Agencyを持って学んでいると感じている学生はわずか7%
講演の冒頭で示されたのは、Center for Universal Educationの調査結果だった。
それによれば、「自信を持ち、回復力があり、積極的に学びに関与している」と感じている学生は、わずか7%しかいないという。
アップルはこの数字を重く受け止めている。
だからこそ、これからの教育で重要なのは『Agency』だと説明する。アップルが定義するAgencyとは、『自分にとって最適な学び方を、自分自身で選択し、主体的に取り組む能力』である。
これは単なる『自由学習』ではない。
例えば、蝶の成長過程を観察する子ども。ARで地球の自転を理解する生徒。Keynoteを使ってプレゼンを作り、Pagesで学校新聞を共同編集する高校生。アップルは、こうした“自分から学びに向かう状態”を支える道具としてiPadやMacを位置付けている。

実際に、講演中に何度も出てきたのは、『critical thinking(批判的思考)』『creativity(創造性)」『collaboration(協働)』といった言葉だった。
つまりアップルは、先生が教壇に立ち教科書を読む、知識伝達型の教育よりも、『自分で問いを立て、自分で調べ、仲間と作る』方向へ教育が変化していると見ているのである。
アップルは『教育専業企業』ではない。しかし教育をDNAだと言う
興味深かったのは、何度も「Education is in Apple’s DNA(教育はアップルのDNAに刻まれている)」と語っていたことだ。
もちろんアップルは教育専業企業ではない。
しかし、初代Apple IIの時代から、Appleは学校市場を極めて重要視してきた歴史がある。米国では『学校でAppleに触れた世代』が、そのままクリエイターや開発者になり、Apple製品を使い続ける文化を形成してきた。
今回の講演でも、その思想はかなり強く感じられた。
単に『性能が高い』『AIが使える』ではなく、『学びの体験そのものを設計する』という言い方をしていたのが印象的だった。
アップルは教育向け製品について、以下の4つを繰り返し強調していた。
Designed to engage(学習への関与を促す)
Designed for expression(表現のために設計されている)
Designed to last(長く使える)
Designed to ignite(情熱に火を付ける)
つまり、教育用端末を『安価な消耗品』としてではなく、『長期的に学びを支える道具』として設計している、というメッセージである。

AI時代のアップル教育戦略
今回のEDIXでの講演で、非常に目立っていたのが、『AI』をかなり前面に出していた点だった。
Apple Intelligenceという言葉そのものはそこまで多用していなかったが、アップルは明確に『AI時代の教育』を意識している。大きなポイントとしてアップルのAIはオンデバイスで動作することが前提となっている。学校のAI利用では、児童生徒の名前、顔写真、音声、成績、学習履歴、行動ログなどが入りやすいからだ。文科省の生成AIガイドラインでも、学校では個人情報保護法などを守る必要があり、成績などの機微な情報をプロンプトに入れてはいけない、個人情報が学習利用されるか確認せよとなっている。米国でも同じような規制もあるし、EUではさらに制限が強い。
そのため、今回会場で紹介されたMacやiPadにおいても、単なる性能説明ではなく、『ローカルAI処理』『オフラインAI』『講義の文字起こし』『マルチタスク支援』といった説明が強調されていた。
特に印象的だったのは、『AIを使えること』ではなく、『AIを使って何を学ぶか』に焦点を当てていたことだ。これはアップルらしい。多くの企業が『AIで何ができるか』を競っている中で、アップルは『AIを使って人間がどう成長するか』を語ったというわけだ。

『 運用』も教育市場においては重要テーマ
今回の講演で、教育現場の『運用』にかなり踏み込んでいたのも興味深い。
ゼロタッチ展開(箱を開けずに外部からワイヤレスで初期設定を行える)、MDM、コンテンツフィルタリング、Managed Apple Account、シングルサインオンなど、IT管理者向けの話が非常に多かった。これはGIGAスクール以降、日本でも『配った後どう管理するのか』が大きなテーマになっていることと無関係ではない。
アップルは『箱から出して電源を入れればすぐ使える』ことを強調しつつ、同時に、教員が授業中に端末をコントロールできるClassroomアプリなども紹介していた。つまり、『自由に使える』だけではなく、『学習に集中させる』ための仕組みも重視しているのである。
実際、教育現場では『デジタル端末が気を散らす』という課題は常に存在する。アップルはそこをかなり現実的に捉えており、『スクリーンタイムを意図的に使う』ことも提案していた。
Apple Learning Coachを日本展開へ
今回、日本市場向けとして大きく発表されていたのが『Apple Learning Coach(ALC)』だった。これは、教師が教師を支援するための育成プログラムである。
単に端末の使い方を教えるのではなく、学校の中に『アップル製品の活用を広げるリーダー』を育てる仕組みと言った方が近い。

講演中には、ALCを導入した学校現場の映像も流された。「隣の先生に、“あの授業どうやったの?”と気軽に聞ける空気ができた」「技術よりも、まず“やってみよう”という文化が生まれた」といったコメントが紹介されていた。
アップルは昔から、『技術そのもの』より、『それを使う体験』を重視してきた企業である。今回も、単にiPadを配る話ではなく、『学校文化をどう変えるか』を語っていたというわけだ。
アップルは教育を市場ではなく、人を育てる場所として見ている
今回のEDIX東京2026を見ていて感じたのは、アップルが教育市場を単なる販売先として見ていないことだった。むしろ、『未来のユーザー体験を作る場所』として見ているように感じる。
学生時代に『自分で作る』『自分で表現する』『AIを使って考える』体験をした人は、その後も同じ価値観を持ち続けることだろう。その中心に置かれているのが『Agency』という考え方だった。
AI時代になればなるほど、『正解を早く出す力』よりも、『何を学ぶかを自分で決める力』の方が重要になる。アップルは、そんな未来をかなり強く意識しているように見えた。
我々大人も、そんな時代に子どもたちを送り出すために、どうすれがいいのかを問われているのである。
(村上タクタ)
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