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Cardo、そしてCSLとは?
Cardoは世界で一番売れているバイク用インカムのメーカー。200人以上のフルタイムスタッフを抱えており、その40%(約80人)がR&Dスタッフという技術重視の会社。異なる38カ国の従業員で構成されており、イスラエル、ウクライナ、オーストリア、ドイツに研究拠点を持っている。
世界で最初にBluetoothインカムを作ったメーカーで、21年の歴史を持つ。

ドイツのシュトラウビングというドナウ川のほとりの歴史ある小さな街にあるCardo Sound Labs(CSL=カルドサウンドラボ)は、Cardoとは違う歴史を辿っており、Alcatel、Nokia、Harman Becker、Harman、Samsungと一緒に仕事をした後、約4年前にCardoの研究所となった。

音響の研究所として36年にわたる独立した歴史を持っており、ポルシェ、BMW、メルセデス、マイバッハなどの音響開発に協力してきた。単なるオーディオの研究ではなく、上質なクルマの中にはどういう音が聞こえるべきか? 車両全体から発生するさまざまな音を制御し、オーディオも含めたトータルでの音響についての知見を持っている。

社内には無響室(Anechoic Chamber)があり、スピーカーやマイクの音響性能を計測したり、製品のノイズ評価を行ったりすることができる。
実際に中に入れてもらったが、一切の反響がないというのは奇妙なもので、自分の声も相手の声も、まったく壁に反響することなく、直接耳に届く。日常では、そのようなことはないのだと思い知らされた。

強力な送風装置もあり、バイクにまたがった状態で、ライダーがどのような風切り音にさらされるのか、測定することもできる。

さまざまな音響の研究開発がこのCSLで行われている。

ANCがヘルメットに搭載される意味
そのCSLが今回作り上げたのがBeyond GTS/GTというオーディオヘルメットだ。CSLはインカムの研究をする中で、そもそもライダーの耳が『爆音』とも言うべき風切り音に晒されていることに気付き、アクティブノイズキャンセリング(ANC)機能の研究に取り掛かった。
ANCとは騒音と逆位相の音を出すことで、波を打ち消し合い、騒音を消す仕組み。 BoseのQuiet Comfortなどで知られるようになったが、一部のヨーロッパ車には以前から搭載されていたし、最近では、AirPods ProやAirPods Maxでも使われるようになり身近な存在になった。

今回の取材では、ゲーハルト所長が、先の無響室の中で、ひとつのスピーカーに、逆位相の音を出す回路をつけたもう一つのスピーカーを対向させ、実際に音が減衰される様子を実演してくれた。
しかし、さまざまな理由から、インカムだけでは騒音を消すことはできないということが分かり、専用のヘルメットを開発する必要性に迫られた。そうして開発されたのが、Cardo Beyond GTS/GTというわけだ。

なぜ、ヘルメットごと開発しなければならなかったのか?
ヘルメットごと設計せざるを得ない理由はいくつかあるが、そのひとつがヘルメット自体の防音性能だ。通風口が乱流を起こさないようになっている必要がある。とりわけ、下側の首回り、アゴ周りはあるていど空力的に密閉されている必要がある。既存のヘルメットでは安全性は重視されているが、開口部の密閉性が低いのだそうだ。

緊急時に頚椎を動かさないでチークパッドを取り外せる最新の仕組みも導入されている。また、密閉された代わりに、内部の空気の流れも再設計することができ、夏のクーリング性能も高いのだそうだ。

もう一つの問題は、ドライバーの位置とサイズだ。
既存のヘルメットにCardoのインカムを組み込むときには、ヘルメットの耳の穴の部分にはめ込む方式になっている。 しかし、この凹みは、音響的に正しい耳の位置にぴったり当てはまっているとは限らない。
多くのヘルメットの場合、ネックストラップを鋲で留める位置が最優先されるので、クッション材の耳の凹みは本来の音響的な耳の正しい位置から大きくズレていることが多い。Beyond GTS/GTでは統計的に多くの耳の中心が来る位置にドライバーを設けている。
しかも、このドライバー、なんとφ53mmの大径なのだ。AirPods Max 2のドライバーがφ40mmであることを考えると、いかに大きなドライバーが奢られているか分かるだろう。

もちろん、音質的な効果もあるが、Beyond GTS/GTの場合、この大径ドライバーはむしろANCで大きな意味を持ってくる。
バイクの高速走行時のノイズには、低周波の成分も多く含まれる。低周波を打ち消す逆位相の音を出すにはドライバーも大径でなければならないのだ。
できれば、我々が普段使っているヘルメットでANC内蔵インカムが作れればいいのだが、この大径ドライバーを耳の正しい位置に配置しなければならない……という点において、ヘルメットごと新設計せざるを得なかったのだ。
『スマートヘルメット』と呼ばれる理由
ヘルメットごと新設計するということで、さまざまな先進的な機能が盛り込まれることになった。
上位版であるGTSのシェルは高価なカーボンコンポジットで作られている。また、帽体自体をインカム搭載前提で設計することにより、さまざまな電子装備の搭載を前提とした設計が可能となった。
例えば先に述べたφ53mmの大径ドライバーの搭載もそうだし、通信に一番適している頭頂部のシェル外側にアンテナを積むこともでき、その結果2kmもの通信距離を実現している。カーボンファイバーは電波をほぼ通さないので、シェルの外側へのアンテナの搭載は必須条件でもあった。

また、後頭部にはLEDブレーキランプを搭載し、センサーが減速を感知すると光るようになっている。これはブレーキから信号を取ってくるわけではなく、センサーで減速Gを検知し、発光する仕組みになっている。

バッテリーは後頭部首元に設けられ、全体の重心を下げることに貢献するとともに、取り外して充電することが可能になっている。

また、センサーは転倒や事故などの大きな衝撃を検知することもできる。単独ツーリングで転倒し、意識を失ったような時でも、スマホアプリと連動して緊急通報が行われるようになっているのだ。
日本入荷は未定。価格もそれなりに高そう……
Beyond GTS/GTは今年の夏に市場投入されるとされている。
GTS/GTの違いは以下の通り。

上位版のGTSはカーボンファイバー製で、ANCが標準装備されるのもこちらだけ。GTではANCはオプション装備になるので、Beyondを買うならGTSを選ぶべきだろう。ただし、現在のところ欧米人向きの内装しか用意されていないようなので、日本向けの出荷はまだしばらく先と思われる。Beyond GTS/GTを日本で販売するとなると、ヘルメットの認証も取らないといけないので、少々時間はかかりそうだ。
価格は『ハイエンドカーボンヘルメット + 最上位通信デバイス』とのことなので、20〜30万円か、昨今の円安を考えると40万円ぐらいになるかもしれない。
かなり高価なアイテムではあるが、BMWやドゥカティの上位モデルが300〜400万円することを考えると、『そういうバイクに乗る層』をターゲットにしているとすれば、30〜40万円という価格設定もあり得ない価格ではないのかもしれない。
ひとまずは、通信、ノイズキャンセリング、安全性に特化したスマートヘルメットが、近々登場するという情報は知っておきたいところだ。
(村上タクタ)
