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憧れの『アップル信者のイス』、マルニ木工のHIROSHIMAを買った

『信者』という表現は好きではないが、つい多くの人に読んでもらいたくて『信者の布』になぞらえたタイトルを付けてしまった。もちろん布を買うのもいいが、あの布はNano-textureガラスを拭くための繊維のほつれない布だからNano-textureディスプレイを持っていないと意味はない。それより、アップルファンにお勧めしたいのは、このマルニ木工のHIROSHIMAだ。Apple Parkで採用され数千脚が納入されたという。デザインはあのプロダクトデザイナーの深澤直人氏。憧れていたこの椅子を、自宅用に2脚を購入した。この椅子に座って、目をつぶるとApple Parkにいる気分になれるはずだ。

筆者がHIROSHIMAを買った理由と、HIROSHIMAという椅子に秘められたストーリーの一部をご紹介しよう。

マルニ木工 HIROSHIMA
https://www.maruni.com/jp/items/st_maruni_collection/st_hiroshima.html

BOARDROOMとApple Parkでの出会い

筆者が初めてこの椅子のことを知ったのは、7年前。2018年の8月23日、Apple京都のプレオープン取材に行った時だった。

Apple京都、Apple渋谷、Apple丸の内、Apple福岡には『BOARDROOM』と呼ばれる、ビジネス用途でアップル製品を購入する時に通される部屋がある。そこにこのHIROSHIMAが使われていて「このHIROSHIMAは、Apple Parkで使われている椅子なんです」という説明を聞いた。その時に初めてHIROSHIMAに座って、その座り心地を体験したのだ。

Apple京都3階の、一般顧客が入れない隠された部屋『BOARDROOM』
https://funq.jp/flick/article/473507/

『Apple丸の内』の、ちょっと深い話
https://funq.jp/flick/article/508314/

シンプルな椅子だが、背もたれの微妙な曲線のさわり心地が良く、座ってみると背筋が伸びるような気がしたことが記憶に残っている。

(ちなみにBOARDROOMで使われているのはレザーの張座)

次に、この椅子を意識したのは、2022年6月のWWDC。

パンデミックが明けて初めて行ったApple Parkでのことだ。それまで、我々メディアはSteve Jobs Theaterにしか入れなかったのだが、この時から、Apple Park本社の一部であるMac Caféを庭の方に向けて開放して、そこでKeynoteが行われるようになったのだ。

そこで、カフェで使われていた数百脚(もしくは数千脚?)のHIROSHIMAが並べられているのを見た。

2時間ほどのKeynoteの間、ずっと座っていたのに、まったく疲れなかったのは驚きだった(Keynoteに興奮していたというのもあるかもしれないが)。

HIROSHIMAとアップル製品に相通じる哲学

『Appleが選んだ椅子』としてのHIROSHIMAについて、一冊の本が刊行されていることを知った。

奇跡の椅子
https://www.amazon.co.jp/%E5%A5%87%E8%B7%A1%E3%81%AE%E6%A4%85%E5%AD%90-Apple%E3%81%8CHIROSHIMA%E3%81%AB%E5%87%BA%E4%BC%9A%E3%81%A3%E3%81%9F%E6%97%A5-%E5%B0%8F%E6%9D%BE-%E6%88%90%E7%BE%8E/dp/4163919384/

この本によると、マルニ木工は、今から97年前、1928年に昭和曲木工場として広島で創業している。

創業当初から、手作業に加えて、木工の機械化にも熱心に取り組んだ会社だったという。

戦中の苦難の時代を乗り越え、戦後、高度経済成長とともに日本の多くの家庭に『応接セット』が取り入れられるようになった。マルニ木工は、シンプルなものから豪奢なものまで時代に合わせた応接セットを提供し、爆発的に売れ行きを伸ばし、同社は急成長を遂げたという。

しかし、バブル崩壊と、核家族化により、応接セットの売れ行きは急減速。それまでの拡大路線が仇となり、マルニ木工は倒産直前にまで追い込まれる。マルニ木工だけではなく、高度経済成長でわが世の春を謳歌した会社が、時代の変転についていけず倒産した例は数知れない。マルニ木工もそうした過去の会社のひとつになってもおかしくない状況だったという。

その苦境の中、原点に帰る『究極的にシンプルな木製の椅子』として、著名工業デザイナーの深澤直人氏がデザインし、ともに開発したのがHIROSHIMAだ。『奇跡の椅子』には会社が倒産寸前の状態で「契約金も報酬の先払いもできませんが、深澤さんのデザインがあれば、必ずいい木工家具を作ってみせます」と言って深澤氏に依頼するシーンも描かれる。まさに、社運を賭けた一脚だったのだ。

HIROSHIMAという名前は深澤氏から提案されたものだ。立地柄社員にも社員の家族にも被爆者がいるマルニ木工にとっては非常に複雑な思いのする名前であり、海外からは原爆をイメージされるかもしれないという経営陣の逡巡も描かれる。しかし、深澤氏の「広島で作ってるんだし、平和の象徴でもありたいと思う」「一度聞いたら、絶対に忘れない名前。もう世界中のみんなが知っている名前だから」という思いを受けて、採用される。

もちろん、発売後急に売れたわけではないが、多くの努力と紆余曲折があり(このあたりはぜひ本を読んで欲しい)、国内外で評価されるようになり、販売は増し、ついにはアップルからの大量受注(これはこれで納期など大変だった)を受けるまでになる。

Apple Park導入にまつわる、ちょっとした謎

この本にはHIROSHIMA納品の過程として、Apple Parkが作られる前に内部構造を精密に模した実験棟が作られ、そこでいろいろな家具やフロア配置がテストされていたことが描かれる。HIROSHIMAも最初のプロト的数百脚の発注があり、後に数千脚の発注があったようだ。

今になって思うと、Apple Park Visitor CenterでもHIROSHIMAは使われているし、アップルジャパンの六本木オフィスでも使われている。筆者は取材の際にそれと知らずに何度も座っていたというわけだ。考えてみると、Apple Parkは2017年に完成しているが、アップルジャパンは、2013年に初台から六本木に引っ越している。もしかしたら、アップルジャパンが採用して、来日した時にそれに座ったApple Parkの設計スタッフやジョナサン・アイブがHIROSHIMAに惚れたのかもしれない。それとも、もともとアップルジャパンの六本木のオフィスもフォスター・アンド・パートナーズが手がけていて、HIROSHIMAを選んでいたのか? このあたりの情報は非公開なので、筆者には分からないが。

ちなみに、この本には、深澤氏とジョナサン・アイブのかかわりや、マルニ木工の経営陣がHIROSHIMAが納入されたApple Parkを訪れアップルのデザインチームのメンバーとランチを共にし、彼らがこの椅子に愛着を持ち、「この椅子とともに日常がある」と語る場面なども出てくる。アップルファンにはぜひ読んでいただきたい本だ。

Apple Park仕様は、2脚で34万9800円! でも、これに座ってApple Vision Proを使いたい!

そんなわけで、『Apple Parkと同じ椅子でVision Proを使いたい』と思った筆者はHIROSHIMAの購入を検討し始めた。

今は、子どもたちは巣立って妻と2人の暮らしなので、とりあえず2脚あればいい。

マルニ木工のサイトを見ると、最初に表示されるのはビーチ材のHIROSHIMAで1脚10万8900円。これまでリビングのためには、量販店で数千円の椅子しか買ったことのない筆者にとってはかなり高価な椅子に感じられた。Apple Parkは数千脚を買ったそうだが、我が家の予算では2脚でも大変だ。

しかし、今買えば、おそらく残りの人生ずっと使えるはず。2脚で21万7800円。安くはないが、我々が世を去ったあとにも、子どもたちが引き取って使ってくれるかもしれない……と思い、買うことを決めた。

しかし、いざ買うために話をしてみると、アップルに採用されたのはビーチ材のHIROSHIMAではなく、そこからさらに6万6000円高いオーク材のものだという。つまり1脚17万4900円。2脚で34万9800円。まったく安くないが、「Apple Parkの椅子が欲しい」と思って始めたことだから、引き下がるわけにはいかない(謎の意地)。

実際に調べてみうと、オーク(ナラ)材というのは高級家具に使われる素材で、耐久性が高いのだそうだ。また、堅い木なので加工にも労力がかかる。ウィスキーの樽に使われるのもきめ細かく丈夫な木材だ。HIROSHIMAのホワイトオークは北米産とのこと。

英国の王室には清教徒革命の時にチャールズ2世が追われてオークの木の陰に隠れて難を逃れたという伝説がある。だから、ロイヤルオークという艦船や時計がある。そういえば、ファンタジー小説の指輪物語に出てくる有名なドワーフの長、トーリン2世も『トーリン・オーケンシールド(ナラの盾)』という二つ名を持つ。そのぐらい堅い木だということなのだろう。

……と、自分を納得させて、ホワイトオークのものを買うことした。

正確に言うと、アップルにあるのはMARUNI COLLECTIONのHIROSHIMA、板座のアームチェアで、ホワイトオークのNL-0ナチュラルホワイト、ウレタン樹脂塗装という仕様である。もし、これを買おうという熱烈なアップルファンの方、いらっしゃったら、こちらから木材を選んでどうぞ。

HIROSHIMA (ヒロシマ)アームチェア(板座)
https://webshop.maruni.com/c/item/hrarmchair_wood

HIROSHIMAの溶けるような曲線を満喫

というわけで、我が家に2脚のHIROSHIMAがやってきた。

筆者は、ちょうとApple梅田オープンの取材でいなかったのだが、妻によるとちゃんと専任のスタッフの方が、玄関や廊下を養生して、家の中まで運び込んで開梱して設置まで行ってくださったそうだ。さすが、ちゃんとした家具というのはそういうものなのか。

布や革の張座もあるが、ここはApple Parkと同じ板座を選んだ。板座なら劣化しなくて長期間使えるだろうという目論見もある。また、Apple Parkで体験したHIROSHIMAは、長時間座ってもオシリが痛くならない不思議な椅子だった。

特徴的なのはこの部分。深澤氏は『溶けるように』と指示し、マルニ木工は何度もやり直して実現したという。ご覧のように、背もたれ部分とひじ掛け部分は別の木材を組み合わせて作られており、それが微妙な3次元の曲面で繋がれている。こういった部分にマルニ木工が100年近い歴史の中で培ってきた機械加工と、手仕上げの融合が活かされている。たしかに、はじめてこの椅子を見た人は、誰もがこの部分を手で撫でる。本の中にも、発売されたばかりでまだ売れ行きの芳しくなかったHIROSHIMAを見に来た客が、買わずともこの部分を必ず撫でるのを見て、「この椅子はきっと成功する」と諦めずに奮起するシーンがある。

テクノロジーと人の感性の融合、倒産の危機から奇跡の復活を遂げたこと、高度な技術を使ってシンプルな製品にこだわっていること……マルニ木工のHIROSHIMAと、アップルの製品には多くの共通点がある。そう考えると、アップルがApple Parkをはじめとした様々な場所でHIROSHIMAを使うのも納得できる。

アップルファンである我々に分かりやすく説明すれば、HIROSHIMAは椅子のiMacなのだ。

買って初めて分かったのだが、裏返してみると座面の裏に銘板が留められている。『MARUNI COLLECTION』『HIROSHIMA』『NAOTO FUKASAWA』『MADE IN JAPAN』4行の文字、それぞれに熱い思いを感じる。

というわけで、分不相応にも手にした2脚のHIROSHIMA。

実際にリビングに置いて使ってみると、そのクオリティの高さ、優れたデザインに、アップルが選んだ理由を感じる。まぁ、賃貸の家には不釣り合いかもしれないが、この椅子のあるリビングは自分の選んだ特別な空間だ。

HIROSHIMAに座ってApple Vision Proを使うのが至高の時間。

Apple Parkの空間映像を撮ってきて、この椅子に座って見ると、Apple Parkにいる気分になれるかもしれない。興味ある方は、ぜひお試しを。

(村上タクタ)

この記事を書いた人
村上タクタ
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村上タクタ

おせっかいデジタル案内人

「ThunderVolt」編集長。IT系メディア編集歴12年。USのiPhone発表会に呼ばれる数少ない日本人プレスのひとり。趣味の雑誌ひと筋で編集し続けて30年。バイク、ラジコン飛行機、海水魚とサンゴの飼育、園芸など、作った雑誌は600冊以上。
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