85年『Sessions』以降のビートルズシーン

80年代のビートルズ海賊盤史の重要作といえば、以前ここでも取り上げた『Sessions』である。「カム・アンド・ゲット・イット」をはじめとする未発表音源で構成された本作は、85年に公式発売される予定だったものの直前にお蔵入り。だがその後何者かの手によって流出した音源が、その年の暮れあたりから海賊盤として西新宿で並び始めた。貴重音源満載の内容はもちろんのこと、本来予定されていたジャケットデザインでのリリースだったことが大きな話題を呼んだ。これにより海賊盤市場が盛り返し、正規盤と見間違えるほど巧妙なつくりの盤が多く出回るようになる。
『ホワイト・アルバム』のデモを集めた『OFF WHITE』、『サージェント・ペパーズ』のアウトテイクを集めた『A.K.A. Sgt. Pepper’s Lonely Hearts Club Band』、「オブ・ラ・ディ、オブ・ラ・ダ」のアコギバージョンや「クリスタイム・イズ・ヒア・アゲイン」のロングバージョンを収録した『Ob-La-Di, Ob-La-Da』、65年のパリ公演の模様を完全網羅した『LES BEATLES À PARIS』。そのほかにもレア音源を収録した『Not For Sale』『Not Guilty』といった盤がリリース。公式盤のお蔵入りが海賊盤市場を活性化させるとは皮肉なものだが、ビートルズファン=マニア化していったのはこの頃の海賊盤の存在がでかかったような気がする。
そんな状況下に登場したのが『Ultra Rare Trax』であった。わたしがそれを買ったのは88年秋のこと。店は原宿のGET BACK。定期確認で訪店したある日、入口付近のCD棚に飾ってあった初期の4人の写真にオレンジと緑の蛍光色をあしらったそっけない2枚のジャケが目に入った。第一印象は、ついに海賊盤もCDの時代になったのか、ということ。以前一度ここで書いたが、わたしはビートルズのCDに馴染めず、87年に出たオリジナルアルバムにはいっさい興味がなく、公式盤には一切触手が伸びなかった。だが、店内に流れているこれまで何度も聴いてきた曲の、聴いたことのない音源がそのCDだと察知し、購入を決意。2枚とも手に取り、ほかのコーナーには目もくれずにCDをレジに持って行った(いつもは生写真などを物色するのだが)。というわけで、『Ultra Rare Trax』は初めて買ったビートルズのCDになった(CDプレイヤーは88年前半に購入していた)。

買ったがいいが『Ultra Rare Trax』がいったい何なのか、という情報はない。ネットはもちろんのこと、まだ『レコーディング・セッションズ』も出ていない時代ゆえ、調べる手立てもなく、CDの裏のクレジットを見て想像するのみ。早速プレイヤーにCDをセットし、プレイボタンを押してみると、完成にはまだほぼ遠い段階の「アイ・ソウ・ハースタンディング・ゼア」(テイク2)、ジョージのギターがない「シーズ・ア・ウーマン」(テイク2)、コーラス入りのオフィシャルとは全く印象の異なる「キャント・バイ・ミー・ラヴ」(テイク2)、単なる音合わせの段階の「デイ・トリッパー」(テイク2)、間奏がまったくといっていいほど弾けていない「ハードデイズ・ナイト」、ジョンがイントロを弾き損ねる「ノーウェイジアン・ウッド」(テイク4)……。
そのほかも演奏が始まる前から終わるところまで、つまりフェイドアウトされない完奏テイクや、メンバーが冗談を言い合い、ジャムセッションをしている音源に仰天した。『Sessions』に入っていた「リーヴ・マイ・キトゥン・アローン」「イフ・ユーヴ・ガット・トラブル」「ザット・ミーンズ・ア・ロット」「アイム・ルッキング・スルー・ユー」(ボサノババージョン)などもCDのため心なしか音質が向上していると思わせるなど聴きどころ満載で、以後何度も繰り返しCDプレイヤーで再生することになった。
『Ultra Rare Trax』が変えた90年代ブートシーン

『Ultra Rare Trax』の特筆すべき点は、いきなりCDで出たことにある。それまで海賊盤といえばアナログで、手抜きなジャケや劣悪の音質の背徳感を密かに楽しむことが醍醐味であったのだが、CDで出た『Ultra Rare Trax』はそれまでの盤に比べて段違い、圧倒的に音質がよく、さらにはミックス前のスタジオ音源ということもあり、隅々までが生々しく耳に響いた。何度も聴いている曲なのに初めて聞いたに近い感覚であった。それぞれのトータルタイムは30分台前半なので、CDなら1枚にまとめることもできたのにと思うのは少したってからのことで、CDというメディアの可能性についても感動を覚えたものであった。
特大ヒットを受け発売元のSwingin’ Pigは『Ultra Rare Trax』をシリーズ化、ブランド化を図るが、途中からYellow Dogという別レーベルから『Unsurpassed Masters』というシリーズも登場し、ビートルズの貴重音源マーケットは拡大の一途を辿っていく。90年には『レコーディング・セッションズ』の日本語版がシンコーミュージックから発売され、それを読みながら聴くという、自分なりの答え合わせが可能になった。
その後も新規参入が進みGreat Daneから『The Complete BBC Sessions』、Vigotoneから『March 5, 1963』などの名作が数多くリリースされていくが、市場は活況を呈する一方混乱を招き、マニアはフォローできなくなってしまう。コピー商品も出始め粗製乱造の時代に突入していく。駅前のワゴンでもコピーのコピーみたいなCDが売られるようになり、貴重音源がとくに貴重でもなくなってしまった。ビートルズが公式に未発表音源をリリースするのは、92年の『BBC』、95年の『アンソロジー』だが、その頃にはほとんどのファンはすでに聴いたことのある音源という事態になっていた。

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