「A Love for You」ほかボツ曲と感じさせない高水準

実はこの年のポールは、『リターン・トゥ・ペパーランド』というアルバムをレコーディングしていた。ビリー・ジョエルの仕事で知られるフィル・ラモーンをプロデューサーに迎えてスタジオに入っていたのだが、製作途中で決裂し、作品はお蔵入り。ということを後になって知った。そしてブートで出回ったボツ曲となったタイトル曲の素晴らしさを知るにつき、なぜこれが未発表なのかと首をひねるばかりであった。当時はそのようなことがあったとはつゆ知らず、ただただポールの最新情報を、首を長くして待っていた。
そんなある日、西新宿のレコード屋、ウッドストックでポールの海賊盤『Cold Cuts』を見つけた。中央にトイレコードプレイヤーが置かれ、左にポールの写真(「プリティ・リトル・ヘッド」のジャケと同じもの)、ポールのファンクラブであるクラブサンドウィッチのロゴも配置されている、ちょっと不思議なデザイン。裏面は聞いたことのない曲名にポールの手によるイラストがあしらわれているが、知らない人が見ればオフィシャル盤となんら変わりはない体裁である。当時はこの盤が、『レッド・ローズ』のボツ曲(本当は2枚組でリリースされる予定だった)を中心に集めた音源集で、78年に『ウイングス・グレイテスト』と一緒に出る予定だったということは知らなかったわけだが、雰囲気だけで未発表曲集なのだろうということを察知し(お店に説明文はなかったような記憶)、迷いなく購入し(値段は3000円くらいだったと記憶する)、帰宅してすぐにレコードに針を落とした。
1曲目は「A Love for You」という、『ラム』に入っていてもおかしくないような良質でポップなロックンロール。なぜこれが未発表なのかと思ってしまうほどの完成度で、一聴してすぐに気に入った。これはポールの未発表曲集であるということに確信を抱きつつ、2曲の「My Carnival」へ。メロディよりもリズムに重きを置いたパーティーチューンだが、これは「スパイズ・ライク・アス」のB面に収録されていたのでお得感はなく、続く「Watersprout」「Momma’s Little Girl」は、いかにもポールらしい優しいメロディをもった絶品のバラードでこれには唸った。B面も「Did We Meet Somewhere Before?」「Tragedy」「Same Time Next Year」など佳曲が並ぶ。とてもボツ曲と感じさせない高水準を誇り、『プレス・トゥ・プレイ』よりも好きかも、と『Cold Cuts』は自分の中で名盤認定された。

それから少し経ったあとに今度は『Cold Cuts(ANOTHER,EARLY VERSION)』なるレコードを再びウッドストックにて発見した。当時は暇さえあれば西新宿をうろついていた。リチャード・リンドナーの画をバックに黒いアコギ(ギブソンのエヴァリー・ブラザース・モデル)をもったポールのモノクロ写真をフィーチャーしたレコードジャケットがおしゃれ。こちらもとても海賊盤とは思えない立派な仕様である。またもや内容も確認せず、即購入したのだが、裏ジャケを見てみると、前に買った『Cold Cuts』と収録曲の一部が重複していて、これはどういうことなのかと少し頭が混乱してしまった。家に帰り、レコードに針を落としてみると、同じ曲だがミックスが異なることに気づいた。あとで知るのだが『Cold Cuts』には78年、80年、86年の3つバージョンがあり、それぞれ収録曲やりミックスが異なっているとのことだ。
この『ANOTHER,EARLY VERSION』は、重複曲に加えてデニーやリンダの曲も収録されていたので、ポールの曲は少なく、『Cold Cuts』ほど聴きどころはない。しいて言えば「Tomorrow」のインストバージョンくらい。それでも、ポールの未発表曲を高音質で聴けることはありがたく、コレクションのひとつとしてレコード棚に収まった。
この2枚にに収められた曲は、のちにシングルのB面やデラックエディションの際に収録(「プット・イット・ゼア」のシングルCDに「Same Time Next Year」が収録されたのはうれしかった)されていったので、今となっては特筆すべきレコードではないが、80年代のビートルズ史おいて『Cold Cuts』は、ビートルズ『Sessions』『Ultra Rare Tracks』やジョンの『Lost Lennon Tapes』と同じくらい重要な海賊盤であったといって違いない。
初めて観たウイングスの72年のオランダ公演映像

『ポール・マッカートニー・スペシャル』という、まったく捻りのないタイトルのVHSが出たのはいつだっただろうか。元々このVHSは86年秋に『プレス・トゥ・プレイ』のリリース合わせて放送されたテレビ特番を素材に制作されたもので、本国では86年、それから少し遅れて日本でもリリースされたのだが、それがいつだったかの記憶がまったくない。リリース直後に購入したことは間違いないのだが、いつどこで買ったのかの詳細はいっさい忘れてしまった。
商品に封入されていた大鷹俊一さんのライナーノーツを見てみると、文章の最後に<1987年12月27日>と書いてある。ということは日本でのリリースは88年以降となるが、てっきり87年に出ていたものだと勘違いしていた。今ではあまり取り沙汰されることのないこの『ポール・マッカートニー・スペシャル』であるが、当時のファンにとってはとても重要かつ、特別なアイテムである。なにしろそれまで見たことのない映像がいくつもフィーチャーされていたのだから。ポールのキャリアを本人コメントとアーカイブ映像で振り返るなかで『プリンストラスト』『ロックショウ』、プロモーション・フィルムなどの既発ものに交じって、74年にアビーロードスタジオの裏庭でアコギを弾き語る、俗に言うバックヤードと言われる映像(「ペギー・スー」を演奏)、72年のウイングスのファーストリハーサルシーン(「ルシール」を演奏)、72年、ウイングスのオランダ公演(「ワイルド・ライフ」「ハイ・ハイ・ハイ」を演奏)といった初出映像が織り込まれており、とくにオランダ公演は『ロックショウ』以前のウイングスのライブ映像であることに加え美麗な画質クオリティであることに驚かされた。
これもいまとなっては普通に見られる映像で、このVHS自体存在価値はなく、ポール史からも完全に無視されている代物だが、この頃はウイングスの幻の映画『ブルース・マックマウス・ショー』の存在さえ知らなかったことを鑑みれば、その驚きがわかってもらえるのではないか。
襟の高い胸元の大きく開いた派手な衣装のポールは全キャリア中最も男臭く、シャウトもワイルドで、汗が飛び散るステージはその後の『ロックショウ』時代とは大きく印象が異なる。自分の知らないポールがそこにいた。『ブルース・マックマウス・ショー』の完全版が『レッド・ローズ・スピード・ウェイ』のデラックス・エディションに収録されたのは2018年だから、30年越しのパッケージ化であった。

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