緊張と興奮のライブ・アット・六本木キャバン|ビートルズのことを考えない日は一日もなかったVol.36

六本木にキャバンというビートルズ専門のライブハウスがオープンした。その情報を知ったのは82年の春頃だっただろうか。そこでは毎日、専属バンドがビートルズの曲を生演奏し、客はその音楽を聴きながらお酒を飲むことができる。なにかの雑誌で読んで知ったのだと思う。どんなところなのだろう。ライブハウスなんて場所にも行ったことのない、わたしの気持ちは一気にときめいた。その後テレビでも取り上げられるようになり、その存在は徐々に知られていくことになるわけだが、最初にブラウン管越しに見たキャバンは82年6月にNHK教育で放送された『日本を変えた来訪者2 ビートルズ』であった。

NHK教育と日テレ特番で紹介された六本木キャバン

六本木キャバンのコースター。アップルレーベルのデザインが印象的

この番組については過去に一度触れたことがある。あらためて説明すると、来日公演から16年経った1982年、その影響はいまどのような形で残っているのかをNHK教育らしく真面目に検証したもの。その中でビートルズ世代が今もビートルズの音楽を楽しむ場所、ビートルズ専門のライブハウスとして紹介されたのだ。紹介と言ってもNHK教育なので宣伝要素はない。ビートルズ世代のベテランサラリーマンを中心に若手男性社員やOLなど、客へのインタビューがメインで、皆一様に「日々の仕事の疲れを癒すためにキャバンに来る」という趣旨のコメントだった。当時15歳のわたしは、ビートルズは懐メロではないと思っていたので、懐古趣味な扱いに抵抗はあったが、ビートルズの生演奏が聴けるライブハウスは魅力的で、いつか一度キャバンに行ってみたいと興味を持ったのであった。

2度目にテレビで観たのはそれから3か月後、日テレで放送された『ザ・ビートルズ!あなたが選ぶ不滅のベストヒット20』という特番内でのこと。この番組についても以前触れたことがあるが、ビートルズの曲を電リクで募って、その場でカウントダウンしていくという生番組の中でキャバンから中継が入った。司会は徳光和夫と福留功男。キャバンには元ワイルド・ワンズの植田芳暁がスタンバイし、ときにお客をいじりつつお店の紹介などしながら、ハコバンのレディバグが「オール・マイ・ラヴィング」と「ホワイル・マイ・ギター・ジェントリー・ウィープス」を演奏した。さすがに全国ネットのゴールデンタイムでの紹介は効果があったのではないかと思う。いつかキャバンに、という気持ちは一気に高まった。

初めて生で聞いたビートルズ・ナンバー

こちらもお店のコースター

それから3年の歳月が経過し、85年10月、ついに憧れの六本木キャバンに足を踏み入れた。未成年ではあったものの、義務教育が終わり、ひとつ大人の階段を上ったしるしとして、またアルバイトで自由に使えるお金が以前よりも増えたこともあり、今こそそのタイミングであると判断した。キャバン行きを計画するも、夜の六本木にひとりで行く勇気はなく、いろいろ思案した挙句、バイト先で知り合った同じ年の女の子を誘ってみることにした。

彼女とはバイト帰りの電車が一緒になることがあり、会話のなかでキャバン行きを切り出してみたところ、とくにビートルズファンというわけでもなかったのに、一緒に行くことに同意してくれたのだ。ダメ元の誘いだったからことのほか嬉しく、心が躍った。キャバンを口実に彼女に近づきたい気持ちもあったからだ。

そして迎えた当日。夜7時に六本木駅で待ち合わせ、持参したぴあマップで目的地の位置を確認し、六本木交差点を乃木坂方面に向かってキャバンを目指した。目印は防衛庁。現在六本木ミッドタウンの場所は防衛庁があり、その向かいの雑居ビルにお店があるということだけは頭に入れていたので、とにかく防衛庁を目指して、キャバンを探し当てた。初めての六本木、ここまでが一苦労である。受付を終えて足を踏み入れた店内はムードに溢れ、一瞬ひるんでしまった。

落ち着いた間接照明のあかりが大人の社交場としての空間を作り出し、壁には額に入ったビートルズのポスターが飾られていて、随所にセンスが光る。自分の部屋のポスターの貼り方と全然違うな、なんて思い気後れしながらも、アウェイの空気にのまれてはいけないと必死に大人を演じたことを思い出す。

この日観たバンドはレディバグ。テレビで観たバンドが目の前で演奏していることへの感動は確かにあったが、演奏した曲については、初期がメインだったようなというおぼろげな記憶しかない。演奏30分、休憩30分を何度か繰り返して、3ステージほど楽しんだような気がする。どのメニューを頼んだのかもはっきりとしない。

だが、よく覚えていることがひとつある。休憩時にトイレに立った際、バンドのメンバーだった永沼忠明さんと一緒になった。ステージ上の永沼さんはスター性があり、ひと目見たときから引き付けられ、注目していたので、その本人が横がいるとなると緊張して出るものも引っ込んでしまった。その次のステージでもどうしても永沼さんばかり目が行ってしまうのは仕方のないことであった。憧れの場所での特別の時間ということで、興奮と緊張が入り混じってしまい、同行者への気遣いやエスコートも行き届かず、申し訳ない気持ちを詫びつつ、終電で帰路についたのであった。

同年代の役者が出ていたドラマ『OH!わが友よ』

六本木キャバンのフリーペーパー。86年春号

その年の暮れの大晦日。再度二人でキャバン行きを計画し、今度はフルステージ観ようと目論んだ。大晦日なら電車は終夜運転しているから深夜のステージも観られると踏んだのだ。しかし当てが外れた。この日は休業だったのだ。とくに調べもせず、てっきり営業しているものだとばかり思い込み、店の前まで行くと、CLOSEDの看板が。予定を合わせ、18歳の自分たちでできる精一杯のおめかしも水の泡と消えてしまった。

最後に、この時期にTBSで放送されたテレビドラマについて触れたい。タイトルは『OH!わが友よ』といい、内容は戦争経験のあるおじいさんが孫になりすまして女子高生と文通をはじめ、それがバレて……という展開のホームコメディ。その女子高生がビートルズファンという設定だった。演じていたのが有森也実。おじいさんが小澤栄太郎、孫が宮川一朗太。全話観たわけではないので詳細に関して記すことができないのだが、全編にビートルズが流れ、六本木キャバンが出てくる回があった。少し前で対談してもらった永沼忠明さんも記憶していたので、間違いない。このドラマの存在もわたしのキャバン行きに多少影響を与えていたのではないか、後押ししたのではないかと今となっては思う。

雑誌広告より
この記事を書いた人
竹部吉晃
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竹部吉晃

ビートルデイズな編集長

昭和40年男編集長。1967年、東京・下町生まれ。ビートルズの研究とコレクションを40年以上続けるビートルマニア兼、マンチェスターユナイテッドサポーター歴30年のフットボールウィークエンダーのほか、諸々のサブカル全般に興味ありの原田真二原理主義者。
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