

留学経験を活かし、帰国後は貿易商へ
日本におけるアメカジムーブメントの礎を築き上げたリビングレジェンドたちの貴重な証言を、Pt.Alfred代表・本江さんのナビゲーションでお届けする本連載。今回ご登場いただくのは、「ティラック」、「バッハ」、「ルンゲ」といった欧州ブランドを展開する輸入代理店「バーリオ」代表・田渕卓也さん。
高校時分に師事した英語教員の話から海外生活に憧れ、アリゾナ州の大学に見事現役合格。現地では、地元でレコードショップを経営していた先輩からのリクエストに応え、日本未販売のCDを買い付けたり、アメリカならではの雑貨や生活用品を友人に送るなど、ご自身曰く「バイヤーまがいのことをして遊んでいた」という。
「当時は西武百貨店系列にあった『ロフト』が展開するような海外雑貨に興味がありましたし、向こうでもキッチンウエアなど雑貨ばかり見ていた時期があり、おぼろげながらも卒業後は貿易関係の仕事に就きたいと考えていました。帰国後に地元京都で貿易や輸入業を営む企業を探し、たまたま受かったのが、靴をメインに扱う輸入会社でした。当時はまだ日本総代理店がないブランドがいくつもあり、アメリカからヨーロッパまで世界中の靴店を回って小さなブランドの並行輸入や掘り当てた背景をベースにオリジナル商品なども展開しながら貿易のイロハを覚えていきました。貿易には貿易実務という民間検定があり、たとえば、お金を海外に送金するにも、3ページにもわたる書類があり、単なる買い付けとは異なる手順を踏む必要があります。仕入れにかかる費用から関税や運搬費など諸経費を差っ引き、すぐさま日本国内で展開する際の価格設定を計算できないと貿易はできません。そんな貿易実務を同社で徹底的に学んでいきました」。
2007年に独立、バーリオ設立へ
そんな経験を経て独立したのは33歳になった2007年のこと。これまで靴を生業にしてきたなか、アパレルをメインに展開するようになった背景には独自の算段と哲学が垣間見える。
「アパレルとはいえ、“オシャレ”なものにはそこまで興味がなく、まだあまり知られていないブランドを日本の市場でゼロから育てていくことに魅力を感じていました。そんな折、国内ではアウトドアアパレルをタウンユースとして提案しているブランドがまだ数えるほどしかありませんでした。海外ではちょっとした国内旅行や移動の際、ほとんどの方がアウトドアアパレルを道具のように選びます。そんな経験上、そう遠くない将来に、日本でもタウンユースへと浸透していくだろうと考えていましたし、今ならまだライバルも多くはないだろうと(笑)。そこで最初に契約したのが、スウェーデン発のアウトドアアパレルブランド『クレッタルムーセン』でした。もちろんアメリカに留学していましたから、なぜアメリカのブランドではないのか疑問に思われるかもしれませんが、僕の行っていた大学には世界中の留学生が在籍していたこともあり、アメリカの情報はおろか、むしろ各国の情勢や生活様式、スタイルを知ることができましたし、日本では全く知られていないブランドが、世界にはまだヤマほどあることも知っていました。そういった経験から、すでに知られたブランドよりも、誰も知らないブランドを育てていきたいと考えるようになっていったのです」。
課題となるブランドコントロール
ほぼ時を同じくして、チェコ発のアウトドアブランド「ティラック」とも契約し、一般的なアウトドアショップではなく、あえてセレクトショップなどでの展開などを経て、徐々にその知名度を獲得していった。とはいえ、田渕さんが目指すブランドの正しいあり方と、ブランド側の方針、あるいはテンションが交錯する瞬間が必ず訪れるという。
「日本国内では実直なものづくりが評価される土壌が根強くあり、ブランドネームにそれほど左右されないマーケットがしっかりあると思うのですが、海外のブランドからすると、自らのデザインやネームバリューが日本でウケていると、ポジティブに捉えられることも少なくありません。そうなると僕らのような小さなインポーターではなく、商社と組んで一気に規模を広げていこうと考え、他国生産に乗り出し、最終的には上手くいかずに会社ごと買収されてしまう。そんなケースを数多く見ていますし、自分でも経験しているため、彼らとのコミュニケーションはとにかく徹底していると自負しています。やっぱりお金の魔力ってすごいですよ(笑)。ですから、血の通ったコミュニケーションのもとに蓄積された信頼関係がないとできない商売でもあると考えています」。
最たる魅力は、自社生産
そんな血の通ったパートナーシップを結ぶにあたり、田渕さんのこだわりは、生産背景にも見て取れる。「“あえて”マイナーブランドを探している節もあるんです」と、自身も語るように、大規模なグローバルブランドではもはや数えるほどしかなくなった自社工場の存在が何より大きい。
「今現在、欧州を中心に6ブランドを展開していますが、そのどれもが日本国内での知名度自体はほとんどないマイナーブランドからスタートしています。今季から新たに展開するウクライナのバッグブランド『フル』も同じく、ブランド運営だけでなく、生産背景が自社に紐づいているブランドだからこそ、クオリティを下げることなく、ともに成長していけると考えているのです。代表的な『ティラック』も小さなガレージブランドからスタートしましたが、今現在は母国の軍や政府機関の正式コントラクターまで成長(軍需は国家機密が含まれるため、基本的には国内生産が鉄則)していますし、何より日本のニーズを反映した別注など、ものづくりがスムーズに行えるといったメリットもありますし、クオリティコントロールもしやすい。この部分を大々的にフィーチャーされるとライバルが増えちゃうのかもしれませんが(笑)、ネームバリューの有無と製品のクオリティって、じつは結構反比例しているんですよ」。
コロナ禍収束とこれからについて
世界的なパンデミックは特に日本のアウトドアマーケットに絶大なインパクトを残した。密を避け、キャンプや登山といった野外アクティビティに注目が集まる一方、パンデミックの収束とともに膨れ上がったバブルが弾け、急拡大したマーケットに暗い影だけを残していった。
「コロナ禍によって休業していた工場が、それまでの遅れを取り戻すかのように再稼働したことで、日本だけでなく世界中のマーケットが飽和状態にあります。なかでもアウトドア業界のそれは、日本の市場が可愛く思えるくらいの惨状となっていますし、コロナ禍を経て閉鎖したブランドも決して少なくありません。とはいえ、良いときもあれば、悪いときもある。これがビジネスの醍醐味でもあり、最たる魅力でもあって。僕らはこれまでとスタイルを大きく変えることなく、地に足をつけて実直なものづくりとそのサポートを続けていくだけ。急激に日の目を見なくとも、自らの感性を信じて実直なものづくりを続けているブランドたちを世界中から目ざとく見つけ出し、ともに成長していけるパートナーとして今後もフックアップしていきたいと考えていますね」。
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