大企業にベンチャーの革新と活力を、ベンチャーに大企業の規模の力を
『日本の大企業』『シリコンバレーのベンチャー企業』と並べて置くと、どう感じだろうか?
前者は、意思決定が遅く、保守的で、時代に取り残されつつある、後者は、進取の精神にあふれ、リスクを恐れずにチャレンジを重ね、未来を切り開いている……そんなイメージをお持ちの方が多いのではないだろうか?
しかし、前者には大きな資本、深い知見という美点があるし、後者には資本がない、リスクが大きい……という欠点がある。
その相互の美点を掛け合わせ、欠点を埋め合わせようというのが、Scrum Studioのやろうとしていることだ。実際には前者は日本企業に限らず、さまざまな国の大企業、政府機関、個人などが参加可能だし、後者も日本を含めて世界中のベンチャー企業が対象になっている。
集まって、ひとつのテーマを掘り下げていく『スタジオ』
その中でもScrum Studioが取り組んでいるのが、『スタジオ』というフォーマットだ。
まず、Scrum Studioがひとつのテーマを決めて、大企業とベンチャーがテーマに合わせて集まる。多くのディスカッションやワークショップを通じて、一緒に切磋琢磨し、内容をブラッシュアップし、最終的に、大企業とベンチャーがタッグを組む。
今回、行われたイベントでは、『未来のまち』を共創する『SmartCityX』と、『多様なウェルビーイングの実現』に向けて共創する『Well-BeingX』のふたつを中心に成果発表会が行われた。Scrum Studioではこの他に、『GreenX』『SPORT INNOVATION STUDIO』などのスタジオが並走しており、今回新たに『AgeTechX』が始まることが発表された。
Scrum Studio
https://scrum.vc/ja/studio/
イベントは、ブースでの体験と、ステージでの成果発表、パネルディスカッションなどを組み合わせて行われ、日本の多くの人に、『SmartCityX』と『Well-BeingX』の取り組みで進行していることが発表された。ここでは、そのうちのいくつかをご紹介。また、ステージ上で発表された案件の一部は、ブースで体験もできたので、その様子を一緒にご紹介しよう。
セニアカーと音声ナビ【スズキ×LOOVIC】
まず、スズキとLOOVIC(ルービック)の取り組み。
これから日本は未曾有の高齢化社会に突入することはみなさんご存じの通り。スズキは、普通自動車、軽自動車、商用車、オートバイの他に、セニアカーという高齢者の方が使ってる歩行者扱いの小型電動車両を作っている。今後、セニアカーの重要度は大きく増していくはずだ。
対してLOOVICが作っているのは、音声ナビアプリ。たとえば、我々でも歩行中にナビゲーションアプリに集中していると他のことに気付かなくなることがある。LOOVICは、設定されたナビゲーションをオンにすると、位置情報に基づいて収録した音声が流れる。たとえば、交差点の少し手前で「神社のあるT字路を右に曲がって下さい」と吹き込んでおけば、そのガイドを聞きながら歩けるというわけだ。
これが、セニアカーを使う高齢者の方にフィットする。
高齢者の方の中には、記憶力が衰えている方もいらっしゃるので、毎日行くような場所でもこのガイドがあれば、無理なくひとりで行けるのではないかということだ。
LOOVICというアプリは可能性が大きくて、何も高齢者の方だけに適しているわけはないだろう。一般の方向けにも、便利に使えると思う。
たとえば『ブラタモリ』のような道歩きコンテンツとして『左に見える道は実は暗渠になってまして、昔は川だったんですよ。左手に、庚申塔が見えますよね……』というような、案内コンテンツを販売したりという可能性もあると思う。また、アニメキャラクターの声優さんの案内する聖地巡礼コンテンツというのも人気を博しそうだ。
LOOVIC
https://www.loovic.co.jp/ja
いつまでも旅できる健康な脚力を【JAL×futto】
日本航空(JAL)とfuttoの取り組みも、高齢者課題である(そういう意味では、次なるスタジオであるAgeTechXに発展していきそうだ)。
旅行産業において、仕事を退職して時間もお金もある高齢者の方々は重要な顧客。しかし、今後、高齢者の方々がさらに歳を取って身体の自由が利かなくなってくると、旅行もままならない人が増えていくことになる。
futtoはゴムの力で歩行を支援する歩行筋サポートギア。実際に筆者も試してみたが、単に歩行のための筋力をサポートしてくれるだけでなく、正しい歩き方を指導してくれるデバイスでもある。歩くのも楽になるし、かかとを上げて足先もちゃんと上に上げるつまずきにくい歩き方に、歩行方法を矯正してくれる。普通に歩ける筆者でも、これを付けると片足立ちしてみた時の安定感が向上するのが分かる。筆者自身はまだ不自由することはないが、高齢で歩きづらそうにしている両親に試してみたいと思った。
実際に、普段車イスや、松葉杖なしでは移動できない状態の人が、futtoを装着することで、歩けるようになる例もあるという。
JALにとっては、多くの人に健康に歩いて、旅行を続けて欲しい。JALとfuttoは理想的なパートナーになれそうだ。
futto
https://www.futto.jp/
誰もが平等に持つ『時間』という資産を平等に交換する【Hourvillage×JT】
優しげな上手に日本語を操って話すのは、Hourvillageの創業者兼CEOのAndy Mankiewicz, OBE。日本に20年間住んでいたとのことで日本語がお上手なのも納得。その後、暖かなシンガポールに住んで11年が経つという。さまざまな上場企業、新興企業で働き、それらの取締役も務めてきた。日本にいる間に在日英国商工会議所の会頭や、在日欧州ビジネス評議会の理事も務めており、その功績が認められ2011年に大英帝国最優秀勲章(OBE)も叙勲されている。
AndyさんがHourvillageで実現しようとしているのは、誰もが平等に持っている資産『時間』を等価交換するシステム。たとえば、高齢者の生活のサポートを1時間行うことで、誰かに1時間英会話を教えてもらったり、ギターのレッスンを受けたりすることができる。
このシステムを用いて、企業のCSR活動を目に見える形にできるし、チームは共通の目的を持ってボランタリーに動くことで団結することができるのだという。CSR活動というのは、単に労働力を『提供』するだけでなく、人生の満足感、社会に参加してるという精神の安定感を得られるのだという。Andyさんは、このHourvillageの活動をシンガポールでスタートさせたが、次に Andyさんが慣れ親しんでおり、Hourvillageの価値観に共感してもらえる人の多い日本で展開しようと考えているとのこと。
その活動を支援しようとしているのが『ひとのときを、想う。』というキャッチフレーズで知られるJT(日本たばこ産業)。タイムシェアをきっかけに、人とのふれあい、コミュニティを増やしていくという。
Hourvillage
https://www.hourvillage.com/
健康で幸せに長生きしてもらうことこそ企業の目的【住友生命保険×TRULY×ウィメンズ漢方】
住友生命は生命保険会社。しかし、高齢化社会が進行するにつれて、すでに生命保険会社は『人のリスクに対して、お金を支払う』というビジネスを行っているだけの会社ではなくなっているのだという。
人が、健康で長生きすれば、それだけ生命保険会社の支払いは少なくて済む。つまりは、住友生命は、『健康で幸せに長生きしてもらう』企業へと変貌しつあるということだ。
住友生命の『Vitality』は、運動や健康診断というウェルビーイングに対する取り組みをポイント化し、評価し、リスクそのものを減らしていこうという健康プログラム。獲得したポイントで、ステータスが決まり、保険料の割引や、さまざまなリワードを得られるのだという。
そんな住友生命が取り組むプレコンセプションケアの一環として、TRULYが取り扱う男性ホルモン検査キット『MENOPO CHECK FOR MEN』を社員向けの福利厚生として導入するという。
男性における『更年期』は、あまり知られておらず、知っていてもチェックするのが不安、恥ずかしい……などの理由により認識している人自体が少ない。しかし、テストステロン量の減少は、単に日々の活力が減退するというのみならず、仕事への情熱の低下、疲れ、集中力の低下、鬱病の原因、性的な欲求の低下など、さまざまな影響を及ぼしており、更年期が原因の離職などによる経済損失は2100億円にのぼるという。
きちんと数値化できれば対策もできるのだという。男性ホルモンを増やすと、バイタリティやモチベーションの向上、筋トレの効果アップなど、心神の健康に役立つという。
TRULY
https://www.truly-japan.co.jp/
筆者もぜひ……ということで、『MENOPO CHECK FOR MEN』の申し出をいただいたのだが、それを誌面でレポートするかどうかは……結果を見てから考えたい(笑)
また、住友生命はウィメンズ漢方とともに信頼できる専門家が伴走していくサービスを福利厚生として導入する。これまで、専門的にサポートできる医療機関が少なかった『女性特有の不調』に対して、ライフタイムを通じてサポート、生活の改善をサポートするという。
ウィメンズ漢方
https://womens-kampo.co.jp/
実際に体験できるブース展示
ブースだけで見られたスタートアップの取り組みもある。
Geopipe
Geopipeは、AIを使って非常に短期間で、都市のデジタルツインを作成するサービス。
一般に公開されている写真や、レーザースキャンなどのデータを元に作成することもできるし、より正確で高密度なデータが必要であれば、市販されているデータを購入してそれをベースとすることもできる。従来であれば、それらのデータを元に年単位の時間をかけて作業する必要があった、都市全体の3Dデータを1時間もかけずに生成できるという。
これらはたとえば都市計画の作成者、建築家、映画の背景の制作担当者、VRゲーム製作者にとって必要となってくる。Geopipeはオーダーに応じたデータを短時間で制作することができるというわけだ。
Geopipe
https://www.geopipe.ai/
VML
VMLは、スポーツ庁が推進する『スポーツオープンイノベーション推進事業』であるScrum Studioの『SPORT INNOVATION STUDIO』の取り組みに基づいて、JAF(日本自動車連盟)が支援しているスタートアップ。
VR空間の中に、サーキットとレーシングマシンを構築し、その中で自動運転アルゴリズムの開発体験ができる。この空間内で、レースイベントも開催されており、中高生などが参加して、自動運転のアルゴリズムの開発体験ができる。内部的には物理シミュレーションが働いているので、限界を超えればタイヤは滑り出すし、速度を出し過ぎるとコーナーを曲がり切れなくなる。その中で、コース取りのプラン、アクセル、ステアリング制御を行い、画像から障害物回避のためのモデル予測制御を行い、車載カメラ映像を元にした強化学習を行っていくことで、より速く走るレーシングマシンを作る取り組みだ。
その過程を経て、AIや自動運転テクノロジーに強いエンジニアを育成することができるという。
Augmental
AugmentalのMouthPadは、舌でポインティングデバイスをコントロールできるというデバイス。
両手で何か作業している時に便利かも……と思ったが、そもそもは頚椎損傷の怪我を負った人など、首から上しか動かせない人にとっては、コンピュータを使うために非常に素晴らしいデバイス。
筆者に実演してみてくれたのはBiomechanical Engineering担当のJulian Castellón Odabachianさん。
展示品(Julian Castellón Odabachianさんが口に入れていたものとは別のものです)を触ってみると、なるほどセンサーの中央に突起があって、これを基準に舌を動かすことで、トラックパッドのように操作できるらしい。実施にJulianさんが操作してくれるのを見ていると、トラックパッドと同等……とまではいかないが、問題なく操作できている感じ。クリックに相当する操作も舌でできるようだ。
身体が不自由で、これまでコンピュータの操作ができなかった人にとっては、大きな可能性を開くデバイスに違いない。
Augmental
https://www.augmental.tech/
実際の展開で、ためになる講演やパネルディスカッション
その他、いくつか、講演やパネルディスカッションも行われた。
冒頭、Scrum Ventures創業者兼ジェネラル・パートナーの宮田拓弥さん、Scrum Ventures COO、スクラムスタジオ代表取締役の高橋正巳さんの挨拶に続いてのKeynoteは、Scrum VenturesのHead of Technical Investments and Partner SuccesのMichael YanさんのKeynote。
概要は、近年AIと人型ロボットが、従来AIやロボットが苦手としてきた『汎用性』というものを獲得したことで、新たな可能性が開きつつあるという話に始まり、技術の革新だけでなく、それがビジネスとマッチしたところにこそ大きな発展の可能性がある、また、大企業とスタートアップが協調することに非常に大きな可能性があるという話などが、さまざまな例を持って語られた。
パネルディスカッションは、成果発表の間に3つ行われた。
ひとつは「日本におけるメタバース事業の動向」として、株式会社テレビ朝日のメディアシティ戦略センター・イベントプログラミングユニット戦略担当部⻑である荒井祥之さん、日本航空株式会社の事業開発部 戦略・企画グループ主任の大脇拓己さん、日本郵便株式会社の郵便・物流 オペレーション改革部主任である森 峻輔さんの3人によって行われた。
テレビ朝日はすでにメタバースを取り込んだイベントをいくつも開催しており、日本航空も特にパンデミック下での取り組みとして、バーチャル旅行を通じて、実際の旅行関心へとつなげるプロジェクトを行っているという。
対して、日本郵便ではまだ実際には行っていないものの、実世界で17.5万本の郵便ポストを持ち、8.2万台のバイクが年間5億キロを走っており、150年間の歴史で得たブランドがあり、それらを通じてデジタルツインなどのデータの取得は行いやすく、様々な活動提案が行われているところだという。
ふたつ目のパネルディスカッションは、博報堂ミライの事業室長代理の堂上研さんと、新規事業家の守屋実さんによって、新規事業を産むため、またそれを大企業がちゃんと成長させ成果を得るためにはどうしたらいいかが語られた。
博報堂がメディアエンジンと作っているウェルビーイングについての情報サイトWellulu(ウェルル)についても紹介された。
最後のトークセッションは、スクラムスタジオ代表取締役の高橋正巳さんが『海外スタートアップの日本展開、日本企業との事業共創のリアル』と題して、Notion Labs Japanのゼネラルマネジャー アジア太平洋地域担当である⻄ 勝清さん、Realtime RoboticsのBusiness Development担当VPである小林幸司さんのふたりに話を聞いた。
すでに、海外では1兆円企業に成長しており、日本語化もあるていど進んだ状態であるNotionと、まだまだ日本では導入時期であり、少人数でマーケットを切り開く段階であるRealtime Roboticsとの状況や、課題感の違いなどが非常に興味深かった。
これからも注目していきたい
終日、さまざまな新しいテクノロジーに触れることが出来たのは大変楽しかったが、単に目新しい技術だというだけではなく、日本の大企業とのコラボレーションによりビジネスに繋がろうとしているところに注目すべきだろう。
日本の大企業にとっても、単にスタートアップと協業すれば新しいことにチャレンジできるというものではなく、トップを含め、新規事業に関わる人がどれだけの危機感を持ち、どれだけ真剣に自分たちも変わろうとしているかによって、大きく成果は違うのだと感じられた。
Scrum Studioの取り組みは、その日本の大企業側の姿勢も含めて変革に伴走しており、それがこれまでの成果に繋がっているのではないかと感じた。これからもScrum Studioの取り組みに注目していきたい。
(村上タクタ)
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