インクのタイプは「ボトル」と「カートリッジ」の2種類。
万年筆で使うインクは、ボトルとカートリッジの2種類。それぞれに対応した万年筆があり、さらに両方が使える「両用式」がある。両用式では、吸入機構を持つ「コンバーター」を挿すことでボトルからインクを吸入できる。
ボトルインク
ガラスまたはプラスチックなどのボトルに入ったインク。万年筆インクを作っているメーカーのほとんどでラインアップしており、選べる色数が多いのも魅力。吸入式または両用式の万年筆で使う。
カートリッジインク
小さな筒状のカートリッジにインクを封入した、交換が簡単な小型インク。1950年代にセーラー万年筆がカートリッジ式万年筆の特許を取得し、その後急速に普及した。カートリッジ式、両用式の万年筆で使う。
両用式で使える「コンバーター」とは?
両用式で使える「コンバーター」は、カートリッジインクの代わりに差し替えできるインク吸入器。コンバーターを挿すと吸入式と同じようにボトルインクが使える。
インクの種類は「染料インク」「顔料インク」「古典インク」の3種類。
現在販売されている大多数は「染料インク」だ。一方旧来からある、文字を確実に保存するのに優れた「古典ブルーブラック」の種類は減ってきている。そして近年になって、耐水、耐光に優れた「顔料インク」は色数が増えてきている。
古典ブルーブラック
旧来の「古典」と呼ばれるものは第一鉄イオンが酸化して第二鉄イオンになり、黒色沈殿を生じる酸化作用を利用したインク。水に強く長期保存にも適している。取り扱いには注意が必要。
顔料インク
水に溶けない顔料を使ったインク。超微粒子の顔料を使い、絶えず分散させる技術で実用化した。水に強く長期保存にも適している。内部で乾燥させないようにするなど取り扱いに注意が必要。
染料インク
色材に染料を使った一般的なインク。多彩な色が豊富に揃っている。染料は水に溶けるので万年筆内部でトラブルを起こす心配が少ない。筆記した文字は水で流れやすいので、水濡れには要注意。
染料インク | 顔料インク | 古典インク | |
選べる色数の多さ | ◎ | ○ | △ |
耐水性 | △ | ◎ | ○ |
耐光性 | ○※1 | ◎ | ◎ |
メンテナンス性 | ◎ | △※2 | △※2 |
※1 染料インクは経年変化で退色するが、染料が進化して退色しづらいインクも登場している。
※2 インクの研究開発が進み、優れた顔料インク、古典インクが増えているが、乾燥すると目詰まりする可能性もあるため、定期的に洗浄・入れ替えすることがおすすめ。
インクの主な成分と4つの性能。
多くのインクは、色の元(色材)となる水性染料を水に溶かして作られ、さらに万年筆インクとしての性能を発揮するための「機能付与剤」と呼ばれる添加剤を加えている。メーカーごとに性質が異なり、特に粘度や表面張力などの違いで書き味にも微妙な差がある。
機能付与剤に含まれるもの
界面活性剤
インクが出る調子や、紙面でのにじみに影響する粘度、表面張力を調整する。
pH調整剤
インクの安定に必要な最適なpH(水素イオン指数)を保たせるために付与する。
保湿剤
ペン先やペン芯に蓄えてあるインクが蒸発しないように調整する。
防腐剤
インクの内部に雑菌が入っても繁殖しにくくするために付与する。
インクの4つの性能とは?
筆記性能
万年筆は毛細管現象を利用しているのでかなり低い粘度が求められる。またペン芯の素材に対し均一になじむ性質も求められる。
保存・安定性能
器であるボトルやカートリッジの素材の成分と化学反応を起こさない性質。長期の保管中も色材が安定して均一に溶け続けている性質など。
耐インク性能
万年筆に吸入され、長い時間そのままでいても、内部のそれぞれのパーツに悪い影響を与えない中庸な性質。
筆跡性能
紙面で筆記したときに、にじみづらく、裏抜けしづらく、乾燥が速く、上に重なる紙に裏移りしづらい、といった、筆跡に対する性能。
インク取り扱いの6つの基本。
インクの基礎知識を知ったうえで、今度は実際にインクを使い、楽しむための作法と流儀をおさえよう。新鮮なインクを正しく使うことは、快適なインクライフや、大切な万年筆を長く楽しむことにもつながるのだ。
1.基本は純正インクを使う。
近年色数がぐっと増している万年筆インク。多様なインクは万年筆の楽しさを増幅させている。好きな色を自由に楽しみたいものだが、基本は純正インクを使うこと。
インクと万年筆には相性があることを覚えておこう。他メーカーのインクを入れて、万が一トラブルが起きた場合、メーカーは基本的に修理対応できない。自己責任となるが、他社のインクを使う場合は保証外になることを理解した上で、インク出などに変化がないか様子を見ながら慎重に使おう。
形状が各メーカーで異なるため、コンバーターも純正品が基本。カートリッジインクも各社独自の規格で作られているので、純正品が基本。ただしヨーロッパ標準(またはヨーロッパタイプ)と呼ばれるカートリッジインクは、各社ほぼ同じ形状をしており、(自己責任で)他メーカー品を使うことができる。同様に、ヨーロッパ標準のカートリッジを使う万年筆ではコンバーターの形状も同じことが多い。
2.インクを混ぜない。
「インクを混ぜるわけがない」と思うかもしれないが、ペン先やペン芯にわずかにインクが残っている状態で違う色を吸入するだけでも、インクは混ざってしまう。同じメーカーであっても違う色は混ぜないこと(混色可能なインクを除く)。化学変化で性質が変わることがある。
3.インクを変えるときはよく洗う。
別のインクに変えるときは特にしっかり洗う。同じメーカーのインクでも、混色可能なインク以外は別色を入れると固まってしまうことがある。黒と青など近い色でも同様。インクが混ざると結晶化してインク溝などが詰まってしまう。洗浄の方法はこの記事の最後をチェック!
4.「3年で使い切る」が基本。
インクは生もの。古いものや劣化したインクは詰まりの原因になったり、ペン先を傷めることもある。インクの消費期限は3年が目安。古すぎるインクは防腐剤の効力が薄れていたり、成分が変化している可能性もある。開封後はできるだけ早く使い切りたい。インクが古くないか、劣化していないかを吸入前に必ず確認しよう。
5.顔料インク、古典インクは入れ替えサイクルを短めに。
顔料インクや古典インクは、大多数を占める染料インクとは成分が異なるので、注意して扱いたい。乾燥するとインク溝が詰まる可能性があり簡単には取れなくなるので、乾燥に強いキャップ構造の万年筆を使おう。インク切れしていなくても、ある程度時間が経っていたら、新しいインクに入れ替えたほうが無難。顔料インクは2か月に1度洗浄することをすすめているメーカーもある。
6.キャップをしっかり閉めて暗所で保管する。
ボトルインクのキャップがしっかり閉まっていないと、インクが乾燥したり、インクが漏れるなどのトラブルが起きる。また、ボトルの口やねじ切り部分、キャップの裏にインクが大量に付いている状態のまま閉めると、インクが漏れたり、インクがキャップ内部で固まって開封しにくくなるので気をつけたい。インクを劣化させないよう、直射日光が当たらない暗所で保管しよう。
万年筆のタイプによって変わる、インクを入れる方法。
インクを選び、自分の手で吸入するのは、万年筆の大きな楽しみ。吸入の基本をおさえて何度か練習すれば、特に難しいことはない。ちょっと姿勢を正し、インクボトルのキャップを開け、愛用の万年筆に吸入する。その静かでスローな時間を楽しみたい。回転吸入式、両用式(コンバーター使用時)、カートリッジ式の各吸入方法は以下の通り。ペン先をインクに浸ける深さはメーカーで異なるので取扱説明書に従おう。
回転吸入式万年筆のインク吸入方法(ボトルインク)
尻軸を左回転し、内部のピストンをめいっぱい下げてボトルにしっかり入れる。
尻軸を右回転し、ピストンを上げて吸入する。
吸入したら少しだけ尻軸を左回転させ2~3滴戻して、ペン先やペン芯に付いたインクをきれいに拭き取る。これでインクの吸入完了だ。
カートリッジ式万年筆のインク吸入方法(カートリッジインク)
胴軸を外す。
ペン先を上に向けて空のカートリッジを抜く。
ペン先を上にしたまま、新しいカートリッジをまっすぐにしっかりと挿し込む。
胴軸を戻す。これでカートリッジの交換は完了だ。
両用式万年筆のコンバーター(回転式)吸入方法(ボトルインク)
胴軸を外してコンバーターが見えるようにする。
コンバーターの尻軸を左回転し、内部のピストンをめいっぱい下げてインクの水面下にペン先を入れる。
尻軸を右回転し、ピストンを上げて吸入する。吸入したら吸入式と同様に2 ~ 3滴戻す。
ペン先やペン芯に付いたインクをきれいに拭き取り、胴軸を戻す。
しっかり吸入するためのコツと注意点。
回転吸入式で上手くインクが吸入できない、少ししか吸入できない、という理由の多くは、ペン先をインクに浸けるときの水位が足りず、空気を遮断しながら吸入できていないことが考えられる。首軸まで、あるいは首軸ぎりぎりまで沈めて吸入するようにしよう。
そうやって首軸までしっかりインクに浸けて吸入すると、吸入後の首軸にはたっぷりインクが付着している。吸入が終わったら、優しく入念に首軸を拭くようにしよう。
▼万年筆の仕組みや各部位の名称も押さえよう!
万年筆インクを正しく洗浄する方法。
洗浄は正しい書き方と並ぶ万年筆を良い状態に保つ流儀。インクが残ったまま長期間放置すると内部でインクが固まり、果ては要修理になる。正しい方法を覚えて適度に洗浄することが、インク出を快適に保つことにつながる。
特にペン芯のインク溝は、インクのカスや紙粉(紙面の粉末状のゴミ)などで目詰まりすることがある。取扱説明書では定期洗浄のサイクルを明記するメーカーもあるのだ。
ちなみにクリーニングするときには内部のインクは思い切って捨てよう。ヘビーユーザーでない限り、ボトルに古いインクを戻さないのが無難だ。
洗浄の基本は、ペン芯にきれいな水を行き来させること。
ペン先を水に浸けるだけではインクは完全に流れ出ない。洗浄の基本は、水を行き来させること。特にペン先と首軸に隠れたペン芯は、インク汚れが溜まりやすい場所。ただし、自分でペン先ユニットを首軸から外すのは厳禁。ペン先とペン芯の間にあるインク溝を水で洗い流すイメージで洗浄しよう。
【共通】まずは流水で洗う
コップの水に浸ける前に、胴軸内やペン芯内のインクを排出しよう。まずは水道の蛇口で水を少量出し、ペン先やペン芯を当てる。両用式ならコンバーターを外して首軸から水を注いである程度流そう。
【吸入式/両用式のコンバーター】洗い方の基本。
まず、尻軸を回転するなどして内部のインクを出し切っておく。流水である程度流した後、水を入れたコップなどの容器にペン先を入れ、尻軸を左右に回転して内部に水を出し入れする。これをインクの色が出なくなるまで繰り返す。
【カートリッジ式】洗い方の基本。
カートリッジを抜いた首軸を、流水で流した後、水に入れておく。インクが流れ出るのを待ち、水がインクで汚れたら水を入れ替える。インクの色が出なくなるまでこれを繰り返す。
クリーニングの後はしっかり乾燥させる。
洗浄後はしっかり水分を取ってからインクを入れる。特に両用式、コンバーター式の首軸内部は乾きにくい。水が残ったままカートリッジやコンバーターを挿すと、インク漏れにもつながる。そしてペン芯に水分が残っていると、次に入れたインクのインク色が薄まって出てしまうことがある。保管する場合は陰干しして完全に乾かす。
洗浄後だけではなく、保管中の万年筆も半年~1年ごとに外に出し、新しい空気に触れさせる。カビが出やすい梅雨時は要注意。
洗ってはいけないパーツに注意!
メンテナンスのために洗浄はとても大事だが、素材や機構によっては洗浄や浸け置きがタブーなものもある。またペン先をしっかり洗うといっても、自分でペン先ユニットを首軸から外すのはNGだ。
写真のように、ペリカンのストライプ部や、木軸、セルロイド、マイカルタなどの天然素材は変質の恐れがあるので浸け置きしない。
また、パイロットのキャップレス万年筆は「軸は拭くだけ、洗わない」を徹底させなければならないモデル。ユーザーによる主軸の洗浄は厳禁。気密シャッター付近は水が通りにくい上に乾燥もしにくく、故障の原因になりやすいためだ。洗うのはペンユニット(筆記体)のみにしよう。
他にも、キャップレス デシモのように、主軸の先端にペン先を密閉収納するシャッター機構を内蔵し、後端にはノック式ならではのバネがあるようなモデルも洗浄はNG。バネが乾きにくく、ペン先の機構は思った以上に複雑なので綿棒での掃除も不可だ。
インクの楽しみは無限大! どんな種類や形状があるか紹介!
近年、万年筆インクは百花繚乱時代に突入! 色数やバリエーションがぐっと増え、インク色を選ぶ楽しみや眺める楽しみ、集める楽しみなど、インクの楽しみ方と可能性は無限に広がっている。
工夫が光る、有名ブランドのボトルデザイン。
万年筆インクには、ボトルデザインの美しさという魅力もある。特にガラス製ボトルを採用しているブランドのインクは気品と風格をまとっている。また各インクには、ブランドのコンセプトや歴史が反映されていたり、インク吸入を快適にさせるための工夫や機能があったりと、よく眺めてみると、その奥深い魅力を感じられる。
パイロット/色彩雫
香水瓶のような高級感のあるガラスボトル。洗練されたデザインのラベルや、高級茶葉の外箱のような銀箱とともにブランドの世界観を伝える。
エルバン/トラディショナルインク
ペンレストになるくぼみがあり、ガラスペンや小型のペンを置ける。ガラスペン製造も行うエルバンならではのアイデア。
モンブラン
少しずつ形を変えつつも、伝統的な“靴形”の機能美を継承。インクが少なくなってもかかと部分に溜めれば吸入しやすい。
カランダッシュ
ブランドのシンボルである六角形のフォルムと、インクを吸収しやすいように工夫された斜めの形状がユニーク。
楽しさ倍増、個性際立つインクに注目!
ラメ入りなどの個性的なインクや、筆記保存性に優れた顔料インクが近年増加中。「趣味」と「実用」の両軸で、万年筆インクのバリエーションは確実に広がっている。
キラキラなインク
微粒子の金粉・銀粉が入っており、インクの上にラメを散らしたような風合いの線になる。華やかな場面やお祝いの手紙などに使いたい。
※ラメ入りインクは、ガラスペン、つけぺんでの使用を推奨
ちっちゃなインク
ミニボトルがもっぱら盛り上がっている。使い切りやすい容量で、価格も比較的手頃なため、気軽に様々な色を試すことができる。佇まいもキュートで、眺めたり、コレクションする楽しみも。
耐水・耐光性の高いインク
インクの大多数は染料。その中でも文字を確実に保存するために古典的なブルーブラックを製造しているメーカーや、筆記保存性に優れた顔料インクを作っているメーカーもある。
100色超えのインク
印刷やデザインに使うカラーチャートと見紛うほどの、圧倒的なカラーバリエーション。100色、またはそれ以上のインク色数を誇る、色数自慢のインクシリーズがある。
混ぜて作れるインクがあるんです!
プラチナ万年筆の「ミクサブルインク」は、混色可能な水性染料インク。通常、異なるインクを混ぜることはタブーだが、全9色はpHや表面張力、粘度などを揃えており、混ぜても組成が変わらないため安心して混ぜることができる。調合しながら自分好みの色の追求を楽しみたい。
近年、大ブームになっているご当地インク。
北海道から九州まで、全国各地の文具店がオリジナルの万年筆インクを作っている。そんな「ご当地インク」が近年ますます増加中。地元の風景や特産物をインク色に表現したインクは地元愛たっぷりで、旅情感と郷愁を誘う。
▼ご当地インクについてはこちらの記事をチェック!
◆
インクとひと言で言ってもその種類、色はさまざま。万年筆やガラスペンで書くことが楽しくなるインクの沼にあなたもハマってはいかが? 正しい取り扱い方法を知ったうえで、ぜひ末永く楽しんでみて。
※情報は雑誌掲載当時のものです。
(出典/「趣味の文具箱特別編集 万年筆とインク入門」)
関連する記事
-
- 2024.04.13
[ancora]ブランド名を冠したインク「ancora」を新発売
-
- 2024.03.22
万年筆やインクの製造現場が見られる! セーラー万年筆の『広島工場』工場見学がスタート