80年代ポールを代表する名盤『タッグ・オブ・ウォー』発売|ビートルズのことを考えない日は一日もなかったVol.18

1982年4月21日、ポールの新シングル「エボニー・アンド・アイボリー」がリリースされた。「カミング・アップ」以来2年ぶり、ジョンの死後初の新曲とあって、我々ファンはもちろんのこと世間的にも注目を集めたシングルとなった。

『海外ウィークリー』でOAされた新曲ビデオ

「エボニー・アンド・アイボリー」のシングルレコード

この年のポールは、翌5月に発売されたアルバム『タッグ・オブ・ウォー』のヒットやそこからのシングルカット、さにはマイケル・ジャクソンとの「ガール・イズ・マイン」などで、1年を通じてメディアを賑わせることになるのだが、その1発目が「エボニー・アンド・アイボリー」であった。これを商機と見たレコード会社の宣伝も万全を期し、テレビやラジオ、雑誌での大量露出が展開された。

まず最初に大きく取り上げたのは3月下旬のNHK『海外ウィークリー』であった。『海外ウィークリー』は野中ともよがキャスターを務める、土曜の夜7時20分からの情報番組で、度々ビートルズが取り上げられた。このときはポールの活動再開と待望の新曲を10分弱のニュースとして扱い、本人インタビューと「エボニー・アンド・アイボリー」のプロモーションビデオが流れた。ビデオはスティーヴィー・ワンダーとのコラボバージョンではなく、ソロバージョンで、フル尺ではなかったのが残念だったが、黒い背景に巧みなライティングで映し出されるポールが美しく、大きな期待を持たせるものであった。人種差別問題をピアノの白鍵と黒鍵で表現するなんてさすがポール、ジョンの意思を継いでいるのかなと思った。

それからしばらくして、今度は『ベストヒットUSA』の「スター・オブ・ザ・ウィーク」の枠に登場した。その少し前にリンゴが取り上げられていたので、短期間に元ビートルズの二人が「スター・オブ・ザ・ウィーク」に登場したことになる。流れたビデオはやはり「エボニー・アンド・アイボリー」のソロバージョン、フル尺でオンエアしてくれた。そしてもう1曲は、小林克也の「ポールのバックに注目、すごいメンバーです」というコメントのあとに『カンボジア難民救済コンサート』から「ルシール」の演奏シーンが流れた。前年5月にNHKで流れたものと同じだが、そのときはまだ家にビデオデッキがなく、一度きり見ただけでは後ろまで目がいかず。今回は録画してポールの後ろにいたメンバーを把握することができた。そして最後に小林克也はこう言い放った。「来月リリースされるアルバムはビートルズの昔っぽい作品です」。果たしてどういうアルバムなのだろうと想像を膨らませた。

ということで、レコード発売前に二度続けてソロバージョンを見聞きしたこともあり、「エボニー・アンド・アイボリー」に関してはポールのソロのほうに愛着がある。話題作りの面ではスティーヴィー・ワンダーとの共演が効果的だったのだろうが、ファンとしてはひとりのほうがありがたく、レコードも12インチに収録されていたソロバージョンばかり聴いていた。断然ソロのほうがしっくりくるのだ。しかし、「エボニー・アンド・アイボリー」がチャートに入りだすと、スティーヴィーとの共演バージョンのビデオに切り替わり、以降ソロバージョンが流れることはほぼなくなってしまった。それどころか、今ではなかったことになっているのは、いったいどういうことなのだろうか。正規でリリースされたDVDのプロモ集にも、『タッグ・オブ・ウォー』のデラックス版にもソロバージョンは収録されておらず、今となっては幻のビデオになってしまっている。

表紙を飾った『週刊FM』

『週刊FM』の創刊400号記念号

前述したように、この時期ポールは、音楽雑誌のみならず一般誌から新聞にいたるまでかなり広範囲の紙メディアに露出していた。それはすべてインタビュー記事という扱いの良さに感心したのだが、あとになって、それは日本から渡英した取材班による囲み取材の書き分けであることを松村雄策さんの原稿で知った。そのなかで、とくに覚えているのが『週刊FM』だ。ポールが表紙を飾り、中にはインタビューも掲載されていて、迷わず購入。この号にはひとつ思い出がある。高校入学後すぐのこと、九段下に引っ越したコンプリート・ビートルズ・ファンクラブの事務所を訪ねることになり、駅まで迎えに来てくれるスタッフの人と落ち合うためポール表紙の『週刊FM』を持った。携帯のない時代、初対面の人との待ち合わせはそんな目印が必要であった。

新事務所は九オフィスビルの一室で、狭く薄暗かった荻窪のアパートとは異なるこぎれいな印象。そこであがってきたばかりの会報最新号(ポール表紙)の梱包の作業を手伝った。そのとき聞こえてきたのが「それはモノラルじゃないと意味がないんですよ」というような電話でのやり取りだった。松本会長が東芝の担当者相手に言ってひと言だったような気がする。察するにそれは、『ザ・ビートルズEPコレクション』の『マジカル・ミステリー・ツアー』のことではなかったか。当時のリリース状況を鑑みると、UKではステレオが収録されたが、日本ではモノにしないと意味がないということなのではないかと思う。実際、8月にリリースしたこのボックスは、日本盤のみモノで収録されている。

これぞマッカートニーポップというべき素晴らしさ

カビだらけのコンプリート・ビートルズ・ファンクラブ会報

話をポールに戻して、迎えた5月10日、ついにポールのニューアルバム『タッグ・オブ・ウォー』がリリースされた。2年前の『マッカートニーⅡ』とは違い、事前告知も行き届き、前評判も高く、注目度が高まったなかでのリリースだった。大きな期待感をもったまま、学校帰りに立ち寄った秋葉原の石丸電気で購入(特典はポスター)し、家に帰ってレコードを聞いたとき、感動のあまり言葉を失った。メロディ、演奏、アレンジ等々の細部まで作り込まれたポップミュージック、これぞマッカートニーポップというべき素晴らしさを目の当たりにし、本気を出したときのポールはこんなにすごいんだ、ポールを信じてよかったと思った。

なにせ来日逮捕で信頼を失い、ジョンの死でビートルズはジョンだった、というイメージが跋扈し、ポールには完全に悪者となっていたなかでの『タッグ・オブ・ウォー』は、その評価を回復させる起死回生の一作であった。オリコンチャートでも1位を獲得、以降のポール史を見ても、作品のクオリティ、話題性、セールス、自分の気持ちなど、いろいろな意味でここがピークだったような気がする。

5月10日発売された『タッグ・オブ・ウォー』
この記事を書いた人
竹部吉晃
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竹部吉晃

ビートルデイズな編集長

昭和40年男編集長。1967年、東京・下町生まれ。ビートルズの研究とコレクションを40年以上続けるビートルマニア兼、マンチェスターユナイテッドサポーター歴30年のフットボールウィークエンダーのほか、諸々のサブカル全般に興味ありの原田真二原理主義者。
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