作品として成り立たせるうえでフィクションも必要だけど、物語で描かれる感情はどれも本物
LiLiCo ジャコモがYouTubeで公開したショートムービー『ザ・シンプル・インタビュー』は、公開後1週間でバズったんですよね。
ジャコモ そうなんです。ダウン症の弟・ジョヴァンニを主人公にしたムービーだったので、「世界ダウン症の日」に合わせて、2015年の3月21日に公開したんですが、反響がすごくて。軽い気持ちで撮影してYouTubeにアップしたので、まさかそんな反響があるとは思いませんでした。そのおかげでいろいろな出版社から「本を出版しないか」というお話がたくさんきたんですけど、そのほとんどが、ゴーストライターを立てるとか、別の人が書くとか、そういう提案だったんです。
LiLiCo 小説を書いたことがないどころか、まだ学生だったんだものね。
ジャコモ でも、一社だけ「あなた自身に書いてほしい」と言ってくれた出版社があったので、そこと組むことにしました。プロの作家さんをアドバイザーとしてつけてくださったので、みなさんに見守られるような環境で書き進めることができたんですよ。とは言ってもやっぱり素人だったので、書いている途中でストーリーが脱線してしまったりとか、いろいろやらかしはしましたけど(笑)。そんなときに、アドバイザーの作家さんに、「細部を書き込むといいよ」と言われて。書き込めば書き込むほど物語が普遍的なものになるというアドバイスを受けて、自分の記憶を掘り起こして、家族とのエピソードを詳細に表現するようになったんです。そうしているうちにどんどん楽しくなって、“創作すること”を覚えました。だから、物語を書いていて、そのエピソードが実話なのか創作なのかわからなくなるという体験もしました。ただ、僕が書いたいろいろな感情はどれも本物。僕のなかから湧き出てくるその感情こそが、物語の方向性を決めてくれたコンパスの役割になったんだと思います。
LiLiCo そして、本の出版から4年後の2019年に映画が製作されたのよね。
ジャコモ 映画化もたくさんのオファーがありました。そのなかからなぜ今回のプロデューサーのお話を受けたかというと、「脚本から関わらないか」と言ってくれたのが彼だけだったからなんです。
LiLiCo 本の時と同じ流れだね。
ジャコモ コメディで有名な脚本家、ファビオ・ボニファッチさんとの共同執筆という形で脚本作りにも参加させてもらえたのも、本と同じだったのでとても心強かったです。
LiLiCo この映画での経験をきっかけに、映像作品の脚本を本格的に手がけるようになったんですよね。今は、Netflixで公開予定の作品の脚本を書いている最中だとか。
ジャコモ はい。
LiLiCo さきほど、「僕が書いたいろいろな感情はどれも本物」と言っていたけれど、まさにこの映画にはウソがないなと思ったのね。
ジャコモ フィクションも盛り込んではいますよ。映画の製作は本の出版から3年が経っていたし、本の執筆でいろいろな経験をしたことで、物事を客観的に見られるようになっていたので。だから、エンターテイメントとして作品にするには、脚色も必要だということがわかっていたんです。
LiLiCo もちろん、脚色やフィクションはあってしかるべきだと思うけど、私がこの映画を観て感じたのは、それを超えたリアリティだったの。まず、“お涙頂戴”じゃないのがすごくいい。ジャコモがモデルのジャックは、好きな子の気を引こうとしてカッコつけたつもりなのにハタから見たらすごくヘンな帽子をかぶったりとか。そういう、コメディタッチの場面が盛り込まれているのがよかった。そして何より、実話の場合、モデルになった人物を演じる役者が大概イケメンじゃない? 「え、作者と全然違う!」って思うことがたくさんあるんだけど、ジャコモはそもそもがイケメンだから、かわいい役者さんが演じても不自然じゃないのよね(笑)。
ジャコモ そういう意味では、ジョーを演じてくれたロレンツォは、僕の弟と同じダウン症を抱えているので、存在感がすごくあるんです。
LiLiCo そこにもリアリティがあるのよね。
ジャコモ ロレンツォは役者なので、もちろん演技をするんですけど、ほかの役者さんより勘に従う部分が大きくて。演技をしながらも目は泳いでたりとか……そういう動きがすごく人の目を引くんですよ。
シリアスな場面もコメディ部分も全編にリアリティが詰まっているのがイイ!
LiLiCo 私は、ジャックの両親の包容力がすごく好きでした。生まれた子どもがダウン症だと知って、お姉ちゃんとジャックと妹に「この子は特別な時間軸のなかで生きているんだよ」と話すでしょ? すごくポジティブな姿勢で子供たちに接していたけれど、実際にそういう感じだったんですか?
ジャコモ 実際は、両親も最初は戸惑っていたと思います。でも、僕達には「特別な子が生まれたんだよ」と説明してくれました。もうちょっと具体的な話をしてくれてたらよかったのにって今となっては思いますけどね(笑)。もちろん、ネガティブが過ぎるとその子のあるべき姿を見逃してしまうけれど……あまりにポジティブだと心の準備や思考を深めることができなくなるから。
LiLiCo 小説や映画のストーリーとしては、ジャックはいろいろ悩んだ末に、弟を“スーパーヒーロー”として受け入れます。
ジャコモ イタリアの子供たちがヒーロー好きなのは、日本のアニメの影響が大きいんですよ!
LiLiCo 映画のなかに、『ドラゴンボール』の孫悟空も出てくるよね(笑)。
ジャコモ ほかにも、『キャプテン翼』や『マジンガーZ』の影響も大きいんですよ。それは、ジャックがジョーをヒーローとして認めることとはあんまり関係がないんですけど(笑)。映画では、ジャックは自分の内側を見ずに外面ばかりを気にして間違いを起こしますよね。
LiLiCo 弟の存在を隠したくなって、新しくできた友人達に、「弟がいたけど死んだんだ」と話しますよね。ジャックがそう言ったときに、ジョーのこともよく知っているジャックの友だちのヴィットが見せたリアクションが個人的には大好き! 「はぁ? おまえ、何言ってんの?」みたいな。ああいう演技にもリアリティがあっていい!(笑)
ジャコモ (笑)。そうやって、ジャックが誤った道に進もうとしたときに、手を差し伸べてくれたのはジョーだった。なぜなら、ジョーには、ジャックが抱えているような葛藤がないからです。ジョーには自由な心があるからこそ、ジャックは「弟は僕のスーパーヒーローだ」と気づくんですよ。この映画を通してみなさんに伝えたいことでもあるんですけど、生きていくうえで重要なのは、小さい問題をひとつずつつぶしていくことだと思うんです。ジャックもそうですけど、若い人って悩みをたくさん抱えながら生きてますが、その原因のひとつに社会の押し付けがあると思うんです。何が正しくて何が間違っているのか、何が完全で何が不完全なのか……。でも、実は、人間そのものや命ってもっと多様だと思うんです。イタリアでも、以前は、ダウン症の子どもたちはあまり表に出る機会がありませんでした。でも、今では、彼らが胸を張って行進する機会もあります。そうやって、一つひとつの物事をクリアしていけば、大きな意識を変えることができる。そんなメッセージがこの映画から伝わったらいいなと思います。
LiLiCo この映画の良さは口コミで広がっていくタイプだと思うので、私も、いろいろなメディアで伝えていこうと思います! ちなみに、私がナビゲーターを務める『ALL GOOD FRIDAY』(J-WAVE)にもジャコモはゲストで出てくれたのよね。日本のラジオ、どうでした?
ジャコモ LiLiCoは、時間をしっかり使って人間関係を作ったうえで話を引き出してくれる人だと思いました。
LiLiCo うれしい! それが『ALL GOOD FRIDAY』のゲストに対するモットーだから。
ジャコモ イタリアでラジオに出たときは、有名なコメディアンの方がパーソナリィーだったんだけど、ワーッとにぎやかに終わってしまって。何を聞かれても答えられるように準備して行ったのに、あっという間に終わってしまったのが残念でした(笑)。だから、有名人ってすごくせわしないイメージがあったんだけど、LiLiCoは全然違ったので、すごく不思議な気持ちになりました。
LiLiCo 私は1970年生まれで、このWeb連載では、同世代の女性たちに向けて私が興味を持っていることを発信しているのだけど。ジャコモにとってはお母さん世代だよね?
ジャコモ 僕の母は1968年生まれです(笑)。
LiLiCo やっぱり(笑)。その世代の女性をどう思う?
ジャコモ いい時代を見てきた方たちなんだろうなと思います。進歩的だし趣味もいいし。
LiLiCo よくわかってるね(笑)。私は、『弟は僕のヒーロー』が多くの昭和45女に観てもらえるように応援していきます! ぜひまた、日本に遊びに来てくださいね。
Profile/ジャコモ・マッツァリオール
1997年、イタリア・ヴェスト州生まれ。2015年3月21日にダウン症候群の弟・ジョヴァンニと一緒に制作したショートムービー『ザ・シンプル・インタビュー』をYouTubeで公開したところ、60万回を超える視聴を記録し、イタリア国内外で話題に。翌年にはショートムービー制作までのエピソードを綴った青春小説『弟は僕のヒーロー』を発表し、25万部を超えるベストセラーとなった。
作品情報/『弟は僕のヒーロー』
1月12日(金)より、シネスイッチ銀座、新宿シネマカリテ、YEBISU GARDEN CINEMA、アップリンク吉祥寺ほか全国順次公開
監督:ステファノ・チパーニ 脚本:ファビオ・ボニファッチ 共同脚本:ジャコモ・マッツァリオール 出演:アレッサンドロ・ガスマン、イザベラ・ラゴネーゼ、ロッシ・デ・パルマ、フランチェスコ・ゲギ、ロレンツォ・シスト、ロベルト・ノッキ、アリアンナ・ベケローニ ほか
2019年/イタリア、スペイン/イタリア語/102分/提供:日本イタリア映画社/配給:ミモザフィルムズ
@COPYRIGHT 2019 PACO CINEMATOGRAFICA S.R.L. NEO ART PRODUCCIONES S.L.
姉と妹からいつも命令されてばかりの5歳のジャックは、もうすぐ弟が誕生すると聞いて大喜び。生まれた男の子はダウン症と診断されるも、両親は「この子は特別な子だよ」と子どもたちに告げ、ジャックは、「弟はスーパーヒーローに違いない」と確信する。しかし、思春期を迎えるころ、ジャックは、弟のジョヴァンニ(通称:ジョー)がダウン症であることを理解するようになる。そして、いつまでも子どものようにふるまう無邪気なジョーと一緒にいることが恥ずかしくなり、家族で住んでいる村を離れて町の高校へ進学することを希望。高校生になったジャックは、恋をしたことをきっかけにある嘘をつくはめになり、それが大波乱を起こすことに……。
INFORMATION/『ALL GOOD FRIDAY』
ナビゲーター:LiLiCo、稲葉 友/放送局:J-WAVE(81.3FM)/放送日時:毎週金曜日11:30~16:00
「今週の締めくくり」と「週末のスタート」を盛り上げる楽しいトピックスとGood Musicを、LiLiCoさんと稲葉 友さんが4時間半にわたってお届けするプログラム。
https://www.j-wave.co.jp/original/goodfriday/
https://twitter.com/allgoodfriday/
https://www.instagram.com/allgoodfriday/
撮影:網野貴香 取材協力:J-WAVE
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