青山のヴィンテージショップ「HOOKED VINTAGE」オーナー夫妻がこの道に進むきっかけとなったインダストリアル家具。

空間づくりのプロたちもこぞって通う青山の名店であるフックドヴィンテージ。オーナーを務める安藤夫妻は、夫の公祐さんが家具、妻の小葉さんが洋服を担当する。安藤さんがこの道を進むきっかけとなったのが、東海岸で出会った旧きよき時代の家具だった。

インダストリアル家具は未知の世界だった。

青山にある人気店フックドヴィンテージは、入ると手前にレディースのヴィンテージクロージング、奥にインダストリアルファニチャーを中心とした家具と雑貨が揃う個性的な商品構成。安藤夫婦が手掛けており、夫の公祐さんは家具や雑貨を担当。ふたりとも中目黒にある名店ジャンティーク出身で、2017年に独立を果たした。公祐さんは、前職からインダストリアルファニチャーのスペシャリストとして知られ、多くのアパレル関係者や内装のプロからも、絶大な信頼を得ている。そんな安藤さんにとって、アメリカの象徴は戦前のインダストリアルファニチャーだと断言する。

「周りの人たちの影響もあって、10代からアメリカは好きでした。最初は洋服やカルチャーから入り、家具に興味を持ったきっかけが、前職のジャンティークのオープン時に内装を手伝ったことなんです。DIYが好きだったこともあって、ペンキを塗ったり、内装を作った経験がすごくおもしろくて。当時は学生でしたけど、卒業後にジャンティークを手伝うことになりました。その後にバイイングをすることになり、アメリカの東海岸へ行った時に、インダストリアルファニチャーの代表でもあるサークルラックに出会ったんです。

当時はアメリカのヴィンテージ家具といえば、ミッドセンチュリーモダンが全盛で、インダストリアルファニチャーは未知の存在。デザイナーズ家具とは正反対である武骨な雰囲気に心を奪われました。また東海岸の先鋭的なアンティークショップなどがこぞってインダストリアルファニチャーをセレクトしていて、新しい流れを感じたんです。ニューヨークのRRLのショップや、チャイナタウンにあったジョン・グラッコーのショールームにも置いてあり、その中でも印象的だったのが洋服を掛けるサークルタイプのラックでした。当時は文献もなく、モノの価値も定まっていなかったので、暗中模索しながら、調べていくのもハマったきっかけとなりました」

日本でもインダストリアルファニチャーが流行りだしたのが2000年後半から。ちょうど戦前のヴィンテージワークウエアが盛り上がったこともあり、その世界観を表現するためにインダストリアルファニチャーは欠かせない存在となった。そこで業界人がこぞって通ったのが、安藤さんが務めるジャンティークだったわけだ。

「この手の家具は工業製品なので、今も作り続けられていますが、個人的に惹かれるのが戦前のものですね。鉄の風合いもまったく違いますし、合理的な作りなので100年近く経った今でも気兼ねなく使えるのが魅力。その一方で時代的にはアールデコが流行ったので、今では考えられないような凝った装飾があったりと、工業製品でも手間暇を掛けて、しっかりと作っていたことがよくわかります。特に1920年代以前に流行したジャパンカラーと呼ばれる仕上げのものは一種独特な魅力がありますね。紹介しているサークルラックもジャパンカラーを用いており、無骨さの中にもどこか温かみのある雰囲気が気に入っています。また一言にハンガーラックと言っても様々なバリエーションがありますし、無数にメーカーがあったので、これだけ追い続けても、まだまだ見たことがないものがあるのもおもしろいところです」

実際に安藤さんの店を訪れると、こんなデザインや意匠があったのかと驚かされる。百聞は一見に如かず、その深淵なるインダストリアルファニチャーの世界を体感してほしい。

「HOOKED VINTAGE」安藤公祐|1981年生まれ。宮城県出身。学生時代より前職のジャンティークに携わり、2017年に独立。インダストリアルファニチャーのスペシャリストとして各方面から多大な評価を得ている。柔術の黒帯でもあり、10年以上続けている。

20s CIRCLE RACK

ジャパンカラーと呼ばれる20年代以前に流行した錆びたようなカラーリング。工業製品の中にもアーツ&クラフツの精神を感じる。

アールデコの影響が大きい時代なので、猫脚のようなデザインが多い中、こちらはベーシックなデザイン。ズッシリとした鉄製だ。

サークルタイプの他にもストレートバーなど、バリエーションが多い。当時は無数にメーカーが、この手の工業製品を生産していた。

ジャパンカラーを用いたライトがずらりと並ぶ店内は圧巻の光景である。ライト類はすべて配線をオーバーホールしているので、安心して使えるのもフックドヴィンテージらしい粋な計らいである。

(出典/「Lightning 2025年5月号 Vol.373」)

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