ジョンが死んだ日①【ビートルズのことを考えない日は一日もなかったVOL.7】

1980126日土曜日、浦安駅前にあった、行きつけのレコード屋「シブヤ」で『レット・イット・ビー』のLPレコードを購入した。1月以来、ビートルズの全楽曲の入手を目指して一ヶ月1枚のペースでレコードを買っていたが、その最後を締めくくるレコードが『レット・イット・ビー』であった。もちろん自力だけでは間に合わず、友達からレコードを借りたり、ラジオから録音したりして(まだ近所にレンタルレコードはなかった)、地道に音源収集活動に勤しみ、ようやく最後の1枚までたどり着いた。当時は、アルバム未収録はなかなか手に入らず、「イエス・イット・イズ」をエアチェックしたときはなんとも嬉しかった!

事件3日前に買った「スターティング・オーヴァー」

ジョンの新曲として聴いた「スターティング・オーヴァー」。B面のヨーコ曲が強烈

当時のお小遣いはひと月3000円。LPレコードの値段は2500円。お釣りの500円に先月の残りの100円加えてシングルを買おうと思い、ジョンの最新シングル「スターティング・オーヴァー」を手に取った。本当は前日に発売されたLP『ダブル・ファンタジー』が欲しかったのだけど、それはまた今度、正月のお年玉で買おうともくろみ、この日はシングルだけを購入した。

『レット・イット・ビー』は『青盤』に収録されていた曲が多く、そういう意味では新鮮味に欠けていたが、まだ見ぬ映画の演奏シーンを妄想しながら何度か聞いていると、1曲目の「トゥ・オブ・アス」を気に入った。映画『レット・イット・ビー』を観るのは1年後のことだ。この頃はシングルとアルバムでは「レット・イット・ビー」のバージョンが違うことも気づいていなかった。

続いて「スターティング・オーヴァー」に針を落とす。チーンチーンという鐘の音からイントロなしの「♪アワ・ライフ、トゥゲザー~」という一節に、今のジョンはこういう声なのかと思ったのが第一印象。最新のビートルソングとして、ポールの「カミング・アップ」に続いてジョンの新曲が聞けることは格別の喜びであった。

FCへの電話で確認した衝撃の事実

印刷、紙質にもこだわりを感じさせた『ダブル・ファンタジー』

そして、その3日後。あの事件が起こる。「ジョン・レノンが死んだってよ」。1980年12月9日の夕方。中学校から帰宅するなり、『3時にあいましょう』で聞いたばかりのニュースを母がそのまま僕に伝えたた。

「どういうこと?」。「ピストルで撃たれたらしいよ」。最初は本気にしなかったものの、母の口から「ジョン・レノン」という言葉が出ることに違和感というか説得力があり、その口調があまりに真剣なので、真偽を確かめようとするも、当時のニュースはテレビもラジオも1時間おきにしか放送しておらず、確認のしようがない。

焦りながらも、先ごろ入会したファンクラブ、コンプリート・ビートルズ・ファンクラブに電話を掛けることを思い立ち、震える手でダイヤルをまわした。何度かかけてもなかなかつながらず。ようやくつながった電話で「ジョンが死んだと聞いたのですが」と問うと、電話口の人は「詳しいことはわからないのですが…」という前置きしたのち、衝撃の事実が伝えられた。誤報違いない、ウソであってほしいという期待は消え、不安が現実になった。

事実として受け止めた頃には思考停止になり、それまで経験したことのない感情がこみ上げてきた。なんていうことだ。茫然自失のまま自分の部屋に移動し、買ったばかりのレコード「スターティング・オーヴァー」をかけ、壁に貼ったビートルズのポスターを見ると自然と涙がこみあげてきた。ジョンばかりを凝視していると、ジョンが目の前に浮き出てくるような錯覚もあった。

テレビのニュースで確認したのは、9時から放送のNHKのニュース『ニュースセンター9時』。トップニュースでジョンの死を伝え、ニューヨークからのレポートやジョンの功績を振り返る映像が用意されていた。とんでもないことになったとあらためて思い知り、それを観終わると、自室に戻って再び「スターティング・オーヴァー」を繰り返し聴きながら、眠れぬ夜を過ごした。

翌朝の朝刊では一面扱い、ワイドショーでも多くの時間を割いてジョンの事件を伝えていた。それを少し見て、完全に憔悴しきったなかで学校に行き自分の席に座ると、遠くから「ジョン・レノンが死んだね」なんてヒソヒソ話が聞こえてきた。

すると、ラスメイト数人が寄ってきて「ジョン・レノンの写真を見せてほしい」と言われ、透明の下敷きに入れていたビートルズやジョンの生写真を見せると、今度は「どういう人だ」とか質問されたりして、期せずして一躍時の人となってしまった。妙な気持ちだったのは覚えているけど、その日一日どういう風に振舞っていたのか、はもう記憶にない。

今も残る1980・12・10年の刻印

当時の刻印が今も残る『ダブル・ファンタジー』のジャケット裏

 授業が終わり家に帰ると、どうしても『ダブル・ファンタジー』が欲しくなり、親からお金を借りて浦安まで自転車を飛ばした。幸い、1枚だけ残っていたレコードをレジに持っていくと店主に「やっぱり買いに来たね」みたいな顔をされ、思わずグッとこみ上げるものがあり、自転車をこぎながらの帰り道で、初めて涙がこぼれた。好きな人が死ぬ、殺されると言う不条理を初めて目の当たりしたことのショックを受け入れて、自然と涙があふれてきた。

家に帰り、あらためて『ダブル・ファンタジー』を手にしたとき、今日この瞬間をジャケットに刻印したくなった。レコードを聴きながら、普段カセットテープのインデックス用に使っている簡易シールで購入日、19801210を刻印した。

この記事を書いた人
竹部吉晃
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竹部吉晃

ビートルデイズな編集長

昭和40年男編集長。1967年、東京・下町生まれ。ビートルズの研究とコレクションを40年以上続けるビートルマニア兼、マンチェスターユナイテッドサポーター歴30年のフットボールウィークエンダーのほか、諸々のサブカル全般に興味ありの原田真二原理主義者。
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