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「念願の小判を手に入れたが言語道断なのだよ、言語道断!」
2日目の最上川捜索を終え、程よい疲労感と小判発見に通じるであろう充実感を抱えて、我々捜索隊6名は宿舎に帰った。夕食用の焼肉の下ごしらえをギョー隊員とウラヤマ隊員が担当し、アタシとダイゴ隊員、ウエダ隊員はゴーイチ隊員の水中排便話にゲラゲラ笑いながら、早速お酒を飲み始めた。ギョー隊員が切り分けてくれた野菜と大量の肉を鉄板で焼き、一同揃っての宴が始まる。
「しかしホントに荒砥側に渡って正解だったすねー」「全然手応えが違うよ! やっぱ鮎貝側じゃなかったんだよなあ。ギョーさんこれ焼肉のタレ」「石をひっくり返すたんびにドキドキするんですよ。コップ、あります?」「俺もジャリをすくうたびに叫びそうでした。小判出るんじゃないかって。あ、ダイゴさん、冷蔵庫に冷えたビールあるっすよ」「だってジャリを掘り過ぎて、手袋破けましたもん」「あ、箸とお皿っす」「泥がなくて水量も低かったらもっと楽に探せるんだけどなあ」「マツーラさん、小判発見時って川の水量低かったんすか?」「T親方の話だと40センチくらいだったらしいよ」「マジか、渇水だったんすかね?」「あの時はめじゅらしいくらい水涸れで、深いところでも子供の膝丈しか水がなかった」「えー、そうだったんですね」「だから子供達でも見つけられたんだ」「小判見ちゅかる前に大水で川底がひっくり返ったから、出たんだにゃ。今はダメだ、水が多い。探しゅなら水が少ない7月か10月だなあ」「ええ!!」ワイワイ騒ぎながら肉を食らっていた捜索隊の会話が、ビタッと止まった。
「今はみじゅが多しゅぎる」そう言ったのは、先刻の捜索終了時、我が捜索隊に「中学生の時に小判を拾った」と、声を掛けてきた地元のオッサン・油すまし氏だった。あの油すまし氏がアタシの横でシレッと焼きシイタケを頬張っていたのだ。いつのまに混ざっていたのだ! つーか、それはアタシが焼いていたシイタケじゃねえか。じゃなくて、なんでココにいるのだ? 隊員一同も当然疑問に思っているが、下の前歯2本だけで器用にシイタケを食う油すまし氏に見惚れてしまい、誰も口を開かない。油すまし氏が2本目の焼きシイタケを箸でつまんだ時に、とうとうウエダ隊員が「すいません、どちらさまですか?」と、口火を切った。油すまし氏はウエダ隊員の質問を無視し、2本目のシイタケを飲み込むと「あんたら小判探してんだりょ?」と言った。
あんだかや! 我々は小判捜索がバレぬように細心の注意を払っていたのに、何故に存じ上げてるのでしょうか。アタシは恐る恐る「なんでココがわかったんすか?」と、聞いてみる。「この辺で泊まりゅ所なんか、ココくらいだ。荒砥の急流に潜るなんて環境調査かと思ったけど、アンタらの顔はそうじゃねえな。バカみたいに小判探してりゅんだべ?」グヌヌ。我が隊員の顔を確認すると、確かに学術に従事する知的な顔を持ち合わせた奴はいない。むしろ山師的盗賊感溢れる個性的なお顔ばかりである。なかなかの洞察力。
しかしこの油すまし氏は、ホントに小判を見付けたヒトなのだろうか? 疑いの目で見ていると、油すまし氏は腰にぶら下げたビニール袋を1つ外してアタシに押し付けた。「小ナスの浅漬け、食ってみろ」ビニール袋にはたくさんの小ナスの漬物が入っていた。アタシは素直に漬物をいただき、紙皿に出す。ダイゴ隊員とゴーイチ隊員が小ナスの浅漬けを食って、同時に「美味い」と言う。「ありがたがりゅこたあねえ」ちょっと得意げに油すまし氏は言った。
ウエダ隊員もウラヤマ隊員も小ナスを食う。ギョー隊員は油すまし氏に缶ビールを差し出した。「あ、わりゅいねえ」油すまし氏はビールを飲んで満足そうにしている。アタシはここぞとばかりに「荒砥で小判を見付けられたんですか?」と話を振ってみる。
「おん。小判とちっちゃいヤツを見ちゅけた。知ってるだろ、小判出たの。あん時はみんな見ちゅけて持って帰ったんだー。アンタも川探すより、この辺の蔵を探した方が小判見つかるじょ」油すまし氏はとうとう鉄板の上の貴重な牛肉をつまみ始めた。「ほれ、これはオラが蔵から見付けたんだー」と、腰のビニール袋からテーブルの上に硬貨をブチまけた。汚ねえ硬貨を手に持って観察すると『寛永通宝』と刻印されている。一同、それぞれ古銭を手にとって観察した。「蔵で見付けたんですか?」「おん、たまにバイトで蔵の掃除頼まれるんだ。そん時に見ちゅけた。欲しけりゃ1000円で売りゅ」「やー、いいっすよー」我々は小判を探している訳で、汚ねえ古銭なんか興味はないのだ。
「そりぇなんか6万くらいするらしいぞ」と、油すまし氏はギョー隊員が持った古銭を指差す。ウラヤマ隊員が眺める古銭を指差して「それだって3万くらいすりゅ」アタシは聞き終わる前に最速動作で我が財布を開いた。しかし、残念な事にお札が一枚も入ってなかった。同じように光速で財布を開いてたウエダ隊員を、モハメド・アリばりの右フックでぶん殴りウエダ隊員の財布から千円札を強奪し、しっかりと油すまし氏に握らせた。
「ありがたく頂戴します。貴重な古銭だと思いますので隊長のアタシがしっかりとお預かりさせていただきます!」「おほほほ、元気がいいにゃ」「押忍! 元気だけが取り柄であります!」アタシは福の神・油すまし氏のために、鉄板から焼けた牛肉を取り分けた。「押忍! 先生はまだ川に小判があるとお思いでしょうか?」油すまし氏はチャムチャムと牛肉を頬張りながら「んー、ありゅとは思うが川も様子が変わったし、もっと水が少ない時じゃなきゃダメだなあ」「押忍!」「おお、わしゅれてた。コレ」再び腰のビニール袋をガサガサして、油すまし氏は何かをアタシの手に乗っけた。
親指の爪くらいの大きさの長方形のくすんだ銅色の板。細かく模様が鋳造されているが、凹凸部の凸部がハゲてしまっている。ムムム! これは二分金だろうか? しかしアタシが白鷹町で見せてもらった最上川で発見された「文政二分金」とはちょっと違うような……。「それも見ちゅけたんだ。アンタにあげりゅ」「ええ! これは二分金っすよ!」「タダで見ちゅけたモンだから、あげりゅよ」アタシは形だけ「いただけませんよー」と断ったが、もちろん本心から言った訳ではなく、常に目が濡れている小型犬の様に油すまし氏を見つめ「いいから持って行きな」と言わせたのだ。アタシは福の神・油すまし氏を崇め、二分金を押し頂いたのだった。
ウホホーイ! お宝、ゲットだぜ! 我々は約200年前に紛失され約60年前に発見された小判を探しに、山形県白鷹町までやってきて、激流に流されながら必死で捜索したものの、小判発見には至らなかった。そんな奇跡的に貴重な小判が、ヒョンな偶然から簡単に手に入ってしまった。まるでもう読まなくなった古本を譲る如く、なんの執着も感じさせずに油すまし氏はアタシに二分金をくれたのだ。
アタシの手からダイゴ隊員とギョー隊員が二分金をひったくり、スマホで調べ始めた。「これ、ホンモンですよ」驚きながらダイゴ隊員が報告する。ホンモンと聞いたアタシだが「あ、そう」と、昭和天皇みたいな素っ気ない返事をしてしまう。あれだけ懸命に探したのに見付からず、こんなカタチで手に入るとは考えていなかった。しかし、どんな形であれお宝を手に入れたアタシは有頂天になった。ハッピッピー! 福の神・油すまし氏はもう1本ビールを空けて、鉄板の肉とシイタケを食い尽くしてスッと帰った。
油すまし氏が帰ると、隊員がそれぞれ手にした古銭の価値を調べ始め「これ、マジで貴重っぽいすよ!」と騒いでいた。「タイチョー、小判も手に入ったしこれで明日は蕎麦食って帰れますね」なんて呑気にゴーイチ隊員が言うモンだから、アタシはハッとした。確かに、小判を手に入れてしまった今となっては明日の捜索の意味ってあるのだろうか? 自分たちで小判は見付けていない。しかしアタシの手には油すまし氏の二分金が握られているのだ。正直、二分金を手に入れたアタシは大満足していたし、お宝を手にした現在、今更必死こいて水中を捜索するモチベーションはない。
「明日は『熊屋』の蕎麦食って帰ろっか。それとも一応探す?」アタシが隊員一同に聞くと、顔を腫らしたウエダ隊員が「もちろん行きましょう。荒砥にはまだ小判がある可能性があるんですから」と言い切った。お、おう。まさかそんなにウエダ隊員にやる気があるとは思わなんだ。「僕らだって小判欲しいですから」そうか。確かにアタシだけ二分金持って浮かれてちゃまずいか。まあ、明日は適当にチャプチャプやって帰るべえ。アタシが頭の中で算段していたら、ウエダ隊員が「明朝6時出発! 荒砥の捜索範囲を広げ、必ず小判を発見するべし!」と命令を下した。
山形県白鷹町にて最上川小判捜索3日目。出発時間の6時になってもなかなか集まらない。一同が寝呆けた顔で降りて来たのが6時半だった。どうやら古銭の価値を調べキャッキャしながら深酒して、隊員たちは夜中まで騒いでいたらしい。アタシはお宝の二分金様を無くしちゃならねえから早々に部屋に引き上げ荷物の中に仕舞い込み、そのまま寝たのだ。天気予報では午後から強雨。朝から山の方に厚い雲がかかっている。締まらぬ捜索隊は7時頃にようやく出発し、荒砥側の堤防に車を止めて藪に入る。川岸に出て驚いた。
ありゃりゃ? 昨日より水位が上がってませんか? 昨日は水面に出ていて足場で使った防波ブロックが、15センチくらい川に沈んでいる。そして明らかに流れが強くなっていた。ダイゴ隊員が「だいぶ水が上がってるぞ」と呟く。昨日上流部で降った雨が流れ込んでいるのだろうか。移動に相当難儀する。ダイビング経験が豊富なダイゴ隊員が「川の水は一気に上がるから、ちょっとヤバいかも」と言う。確かに水も激しく濁っているし、ヤバそうな雰囲気がするぞ。アタシは「捜索したい」欲と、「ヤバいかも」って恐怖心が拮抗して判断をつけられない。ダイゴ隊員とウラヤマ隊員は「中止しましょう」と言う。さあ、どうするか。
「ウエダくん、だいぶ水が上がってて濁ってるけど、どうしようか?」と尋ねると、ウエダ隊員が突然川に飛び込み「川に入っちゃえば同じっすよー」と叫んだ。どうした、ウエダ隊員!「水は上がってますけど、泳げるんでー」と言いながら流されている。水中の視界も効かず深さも分からないのに、よく飛び込めたな。こういうバカが川で死ぬんだろう。けど、編集長が大丈夫って言うなら迷う必要はない。なんか問題が起こったら全部責任を押し付けちゃえばいいもんね。アタシも川に入って隊員たちの移動を介助する。捜索隊も川に浸かってしまったら気合が入り、捜索モードに切り替わった。
昨日より下流部を重点的に捜索する。川は明らかに流れが強く濁りが激しい。泥が落ち着くまで時間がかかるし視界が昨日の3倍くらい悪い。アタシはすぐ捜索に没頭してしまったが、ギョー隊員が安全監視に回ってくれた。10時頃、ギョー隊員から「上流で雨が降り始めました」という報告と、ダイゴ隊員から「20分前に見えていた石が水没した。ここ20分で5センチ以上水位が上がってる!」という報告を受けた。隊長として判断をする時期が来ているが、アタシは小判が出そうな雰囲気のある場所を見付けてしまい「もうちょっとだけやるぞ!」と、粘る。11時になって雷鳴が聞こえて、ますます水位も上がった。
ダイゴ隊員から「タイチョー、もうダメ! 家族と来てるなら確実に引き上げます!」と、怒鳴られた。いつの間にか他のメンバーも水から上がっていて、捜索を続けているのはアタシとウエダ隊員だけだった。しかし、今、見付けた大石が、T親方の言っていた「小判があった大石」かもしれない。「もうこれで最後!」と叫んで、大石をウエダ隊員と二人でひっくり返す。泥が落ち着いてから潜ったが、小判はなかった。あー、残念! 川は捜索開始時から30センチくらい水位が上がっていて、上流では黒い凶悪な雨雲が立ち込めている。聞こえなかったフリをしていた雷鳴も、圧倒的に激しくなっていた。こりゃ引き時だ。
「総員、撤収せよ!」と、アタシが厳命した時には周りにウエダ隊員しかおらず、皆は一足先に撤退していたのだった。3日間に渡って最上川を捜索したが、ついに小判は発見できなかった。もうちょっと捜索したら見付かるかもしれないという後悔もあったが、でも一方で「油すまし氏から貰った二分金様がありゅ」というゲンキンな気持ちもあった。帰りは運転に難儀するくらいのゲリラ豪雨で、一部高速道路が閉鎖されていた。引き時はギリギリだったが、なんとか全員で無事に帰ったのだった。
どんな経緯であれ、実際に二分金を手に入れたアタシは倅や両親に自慢して、なんだったら倅には最上川で見付けた風を装ってウソ武勇伝を語ったりしていた。二分金様は肌身離さず持ち歩き、朝晩は二分金様を祭って手を合わせた。俳優業を辞めて、レジェンドハンターになろうかと本気で考えたりした。そして本稿を書くにあたりウエダくんから連絡が来たのだ。
「マツーラさん、あの二分金をちゃんと鑑定してもらって書きませんか?」「いや、二分金の事を書いたら色々まずくないか? 国税庁とか来たらヤダよ」「最上川から見付けた訳じゃないし、貰ったもんだから問題ないですよ」「価値あるもんでも返さないぞ」なんて言いつつ、アタシもこの二分金様がどれぐらい価値がある物か知りたくて、鑑定を受けることにしたのだ。
鑑定は「新橋スタンプ商会」で行われた。何処の馬の骨かもわからん怪きアタシと編集長のウエダくん、記録係兼スレイブのナマタメくんの3名を快く受け入れてくれたのは、社長の寺田さん。わざわざ社長さんが担当してくれることに驚いたが、さっそくアタシの二分金様を鑑定していただいたのだ。寺田社長は「お預かりします」と言うや、胸元からルーペを出して二分金様をじっと観察する。「まず、これは明治二分金と言われるもので、一番出物が多い二分金ですね」
はい?
明治二分金? あら? 最上川で発見された二分金は文政二分金なんですけど。
「明治二分金で間違い無いです。模様が全く違うので。明治二分金は維新後に発行された二分金で明治2年まで鋳造されたものです。出物は多いですが、今は金自体の値段が上がってますので」
いやいや、そこじゃないんです。だって最上川で見付けた小判なら、明治に作られた二分金じゃあオカシイんですわ! 飛脚が落とした時代が天保元年なんですから! じゃあ油すまし氏が最上川で見付けた二分金じゃねえって事? アタシが戸惑っていると「この二分金は明治政府の他に各藩で鋳造された偽物も多いんですよ。ちょっとねえ」と言いながら、寺田社長は二分金様をグラム計に乗せて重さを計る。
「うーん、ギリギリかなあ」と寺田社長。何がギリギリなんすか!「まあ、結論から言いますとこれは偽物ですね」ええー! マジっすか! 偽物なんてあるんですか!?「財政難の藩が銀にメッキした偽物も多いんですが、これは多分、真鍮製ですねえ」写真を撮っていたナマタメくんもウエダくんも、我慢出来ずに吹き出した。寺田社長は二分金様に彫られた「分」の字の違いや、スレでメッキがハゲている場所を見せてくれた。ああ、確かに違う。そして本物の明治二分金を見せられて確信する。
アタシの二分金様は、本物の様に黄金色の輝きはなく、燻んだ銅色をしている。全然違うじゃねえか! ウエダくんが笑いながら「社長、これはおいくらくらいするんですか?」と質問した。「言語道断ですよ! 偽物なんで買い取れませんね」穏やかな寺田社長が語気荒く「言語道断!」と言うのだから、この二分金様は言語道断なのだ。「こちらは、藩が鋳造した贋金でもなく、よく田舎の家に額に入れられた小判が飾ってあるでしょう? あの類でしょうね。作られたのも昭和か、もしかしたら平成かも」なんだよ、平成のレプリカって! 油すましの野郎! ウエダくんはちゃっかり古銭も鑑定してもらい、こちらはホンモノだったが、価値ある物ではなく買い取っても100円くらいの古銭ばかりだった。
しかし100円でも買い取ってもらえる古銭を手にしたウエダくんは妙に勝ち誇っていて「マツーラさん、言語道断ですよ」とアタシをバカにするのだった。なぜに油すまし氏はアタシにこの偽物をくれたのだろうか?「わざわざ東京から出て来て川潜ってるバカに、お土産でも持たせてやるか」って優しさだったのかもしれない。いや、油すまし氏は偽物だって知ってた可能性もある。だから「タダ」でくれたのだ。確かに油すまし氏はこの二分金様を「最上川で拾った」とは言っていなかった。そういう事だったのか、チクショー! そんなモノをありがたがって家族に自慢してしまった自分が、ヒジョーに恥ずかしい! やはり「タダ」で貰えるモンは「タダ」な理由があるのだった。
帰宅中に便意をもよおしケツを引き締めながら歩いていたら、道の真ん中にヤモリがひっくり返っていました。生きていたので草むらに逃がしてやろうと屈んだ瞬間、激しく脱糞しました。でも後悔はありませんでした。
(出典/「2nd 2025年1月号 Vol.210」)
文・松浦祐也