新しい織機では決して出せない風合いを持つ織物
「織り」とは経糸(縦糸)と緯糸(横糸)が交差して生地が出来上がっていくことを指す言葉だが、その「織り」に辿り着くまでには大きく3つの準備が必要だ。
まずは「糸割り」という経糸と緯糸を作るための準備を行う必要がある。その後、その割った糸から経糸と緯糸を作る「整経・管巻き」へ移っていく。この3つの工程が終わり、ようやく生地を織っていく「機織」という工程になるのだ。
ウールの名産地、愛知県の尾州で伺った機屋(はたや)は50年以上、ふたりで工場を守ってきた。旧い織機で変わらない製法で織られる生地は、新しい織機では決して出せない風合いを持つ。現在、少しずつ数が減り続けているという、そんな昔ながらの機屋で、織物が、どのようにして糸から生地になっていくのかを、ここに記すことにする。
糸から生地が織られるまで
糸割り(いとわり)|重さで管理された糸を、長さに変換すること
紡績や染色を経て、機屋へ届いた糸というのは重さで管理されているため長さはバラバラ。重さ管理で言えば30gの誤差は範囲内。しかし30gの差を糸の長さに換算するとものすごい差異になることは想像できるだろう。そのため重さで管理されたボビンから長さで管理するボビンへの巻き直しを行う「糸割り」が必要なのだ。一度で12個まで「糸割り」が可能で、仮に縦糸の実本数が1200本の際は100回の「糸割り」の作業が行われるということになる。
上の機械は、1度に最長10000mの長さの糸を測ることができる。かなりの長さだと感じるが、旧い機械のため現代では短めなのだとか。糸の長さを測るため、機械の本体にはメモがわりに計算式がたくさん書かれている。
整経・管巻き(せいけい・くだまき)|生地の設計図に合わせ経糸と緯糸を作る
生地を織るにはまず、本数や幅など発注に記載された通りに経糸と、緯糸を作る必要がある。上の写真は経糸をつくる整経機、左は緯糸をつくる管巻き機。この機屋ではないが、他の場所では整経士と呼ばれる「整経」のためのプロも存在するほどに繊細で難しい作業なのだという。縦糸をどれだけ平らに、均等に「整経」することができるかで生地の良し悪しがかなり左右されるという。
「糸割り」をしたボビンを設置し、より太い1本の筒状の経糸にしていくのだが、この整経機が一回で作ることのできる経糸の数は120本。発注書に経糸1200本と記載があれば、長さにもよるが、最低10回は糸を切って結ぶ作業が必要。
緯糸となる糸をシャトルに取り付けるための管に巻きつけていく管巻き機。この機械は、管をセットすれば自動で巻き、巻き終えると自動で外れ、新しい管をセットしてまた新しい管に巻き始めてくれる優れものだ。
機織(はたおり)|一糸ずつゆっくりと、正確に織っていく
織機は奥に経糸が設置され、手前側に生地が織られていく。奥から送り出された経糸に対してシャトルに巻かれた緯糸が交差することで生地になっていく。この織機は工場ができてから50年以上ずっと現役で、写真からも確認できるが、筬(おさ)の両端部分にガムテープでの補修の後が見られた。なお、旧い織機で織られた生地は風合いが良いという話をしたが、それは緯糸が関係している。この織機は右から左、左から右という緯糸の動きをシャトルを射出することで織っていく、そのシャトルを射出する絶妙な力加減が風合いのある生地を作り上げるのだという。
織り機の仕組み
写真と言葉だけで伝え切ることは難しいため、織機の構造図で説明する。図の右側が前のページ上の写真で言う奥になり、左が手前となる。経糸は奥から手前に向かって伸びてくるのだが、織るためには、綜絖と筬というふたつの装置を通る必要がある。
綜絖とは経糸を上下に分け、シャトル(緯糸)が通る道を開けるための装置で、筬とは経糸を整え、緯糸を打ち込むための装置だ。このふたつの動きとシャトルによって生地が少しずつ織られていく。
生地を織るために必要な2つのこと
綜絖通し(せんこうとおし)
上部にある織機の図は簡潔に描かれているため「綜絖」と呼ぶ部品は2枚だが、織屋の織機には16枚の綜絖が取り付けられている。生地によって必要な枚数は異なり、経糸の本数が多くなるほどに使う綜絖の枚数は増えていく。筬とは違い綜絖は伸びた金属の棒に付く輪(写真下)ひとつにつき、通す糸は1本だけ。
筬通し(おさどおし)
「筬通し」は、櫛のように金属が縦に並んだ「筬」の金属1本いっぽんの間に手作業で経糸を通していくことだ。この写真は筬の櫛の部分に寄って撮影をしたもの。上の図とは違い、櫛の幅はおそらく5㎜もない。そこに、緯糸に対する経糸の本数分の糸を通していく。1本でも間違えると、生地に歪みが生まれる繊細で、重要な作業である。
(出典/「2nd 2024年5月号 Vol.204」)
Photo/Hiroto Yorifuji, Rie Nagao Text/Shuhei Takano, Yu Namatame
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