一過性のトレンドとして 終わらせたくない
米国ワークブランドの多くは、最盛期にあたる1910〜50年代にかけて設立されている。その大半が、いわゆるデニム御三家とは異なる進化を辿り、自社の優位性をネームバリューよりも独自の意匠や複雑な特許で競い合った。
1945年、長らく続いた第二次大戦が終結すると、急速なオートメーション化が進み、人々のライフスタイルも一新される。「J.C.ペニー」、「シアーズ」、「モンゴメリーワード」といった全米を網羅する巨大チェーンのアパレル部門、ひいてはワークレーベルが非採算部門としてダブつき始め、時代のニーズに応えられるリブランディング、あるいは撤退、消滅を余儀なくされた。
1922年、大手デパートチェーン「J.C.ペニー」のワークレーベルとしてスタートした「ペイデイ」も1960年代には姿を消し、以降はヴィンテージ市場でのみお目にかかれるヘリテージと化していた。
「日本人には衣類をファッションとしてだけでなく、資料的価値に優れたヘリテージとして捉える文化があり、今日のヴィンテージブームの大元には、そんな我々日本人ならではの感覚が少なからず影響していると思う」と、デザイナーの大貫達正さんは言う。
「ここ数年のヴィンテージ市場における世界的な価格高騰や過熱ぶりは、ちょっと異様過ぎると思いますね。古着を通っていない若い世代や単純にファッションをファッションとして楽しんでいる一般層からすると、もう怖くて手が出せない骨董的なジャンルになりつつある。とはいえ、その一方では、こういったヘリテージの復権を一過性のトレンドとして終わらせたくもないですし、なるべくひとつの文化として引き継いでいければと考えています」
アートと民藝の狭間にある視点
以前、本誌のインタビューにおいて「単なる完全復刻なら、わざわざ作る意味もない」と語っていた大貫さんならでは、ヘリテージブランドの再建には時代感に沿った進化も不可欠であると続ける
「進化とはいえ、テクニカルなハイテク素材みたいなことでは決してなく、現代的に着こなしてもしっかりハマるかたちにアップデートしていく必要があると思うのです。もちろん進化する必要のない部分には触れることなく、本質的な概念やストーリーを先の世代へと引き継いでいく。そんな部分を『ペイデイ』では存分に表現していけたらと考えています」
そう語る大貫さんがデザインにおいて、進化と同等に重要視しているのが“色気”。そのロジックは実に明確にして的を射ているように思える。
「ヘリテージをアップデートし、現代に残すことの意義を考えるなか、『ペイデイ』に限らず総じて気を配っているのが色気です。それはシルエットといった目に見える部分だけでなく、ボタンを掛ける際のちょっとした距離感だったり、襟の立ち方だったり。自分なりの美意識を付加していくと、それらが重なり合うことでオリジナルとは異なる魅力を静かに表現してくれると思うのです。
もしハイファッションをアートと捉えるのであれば、僕らがやっていることは民藝に近い。ただ、使い勝手や利便性に宿る用の美もさることながら、個人的にはそこにアートとしての美しさも付加していきたい。アートと民藝の狭間にある視点からデザインに携わりたいと常に考えています」
かつて柳宗悦によって提唱された民藝運動は、日本各地に点在する名もなき職人たちが手掛けた木竹工や日用雑器など、それまで美術や芸術の文脈で語られることのなかった民衆的美術工芸に新たな美を見出すカウンターカルチャーだった。さらにそんな暮らしの道具たちに宿る無作為な美しさを“用の美”と例えている。
現代の伝統工芸として認知されるまで
大貫さんは「ペイデイ」を通して、そうした“名もなき職人たち”の手仕事にもフォーカスし始めている。自身が手掛けるブランドの中核をなすファクトリー構想がいよいよ準備段階に入ったという
「実はシーズナルコレクションと同時にほぼ受注生産でオーダーを受ける昔ながらの生機織りデニムを使用したラインがあり、織布や縫製は以前より縁のある職人さんに委ねています。他にも僕の仕事のみを受けてくれる職人さんも居るのですが、ひとりで活動している方も少なくないため、あまり無理なお願いもできなくてかといって仕事の質を下げるつもりもないので、彼らを僕の生産背景としてしっかり雇用できる環境を準備しているところです。
手の込んだことを少数精鋭でゆっくり時間をかけて作っているから、自ずと価格も高くなってしまうのですが『ペイデイ』や『コールマイン』といった僕の仕事を通して、デニムや日本の服作りを現代の伝統工芸として認知されるまでが目下のミッションだと考えています」
単なる復刻とは一線を画す“いまを匂わす”モダンヴィンテージ
30s SUPERPAYDAY VINTAGE PANTS
詳細な資料が残されていないため推測の域を出ないものの、識者の間ではサンフォード・クルエット氏が1933年に特許を取得した防縮加工=サンフォライズドを施した上位ラインに位置づけられる「スーパーペイデイ」。希少なアーカイブを基に細部を現代的にアップデート。2万5300円
1940年代には消滅する通称バックルバックを筆頭に、UFOリベットや労働組合加盟を意味するユニオンチケットなど、オリジナルのディテールワークを踏襲しながらも、よりモダンなフィッティングへとブラッシュアップされた。
ARCHIVE
デッドストックで発掘されたライトオンス仕様の30sオリジナル。ハンマーループはまだなく、ウエストはバックルとベルトループのハイブリッド仕様。フラッシャー兼パッチには “Sanforized Shrunk” のネームとともにロットナンバーも見て取れる。
40s WWII TYPE COVERALL
物資統制が敷かれた大戦中に販売された、いわゆる大戦モデルの後継、あるいはその前後数年の僅かな期間のみ展開されていたと思われる謎多き4ポケット仕様。同型で月桂樹ボタンを採用した個体も見つかっているため年代特定が非常に難しいアーカイブをベースに、フィッティングや肩傾斜などを現代的に再設定した。3万1900円
ARCHIVE
デッドストックという奇跡的な状態で見つかった大戦モデル(上)に対し、パッチポケットを4つ備えタグ位置も左胸に位置しているのが本モデルのオリジナル。物資統制下とあって前開きも4つボタンへの変更を余儀なくされたものの、同型で5ボタンタイプの個体も確認されている。
40s CHIN STRAP SHIRTS
短めに設定されたことから識者の間では、“チョコチン”の愛称でも親しまれるチンストラップを備えた40年代初期のシャンブレーシャツがベース。当時採用されていた尿素ボタンやサイドの巻き縫いなど象徴的なディテールを忠実に再現しながらも、タックアウトにも対応できるよう着丈を大幅に刷新している。2万900円
ARCHIVE
こちらはブランド所有の40sオリジナル。50年代以前のワークシャツの多くはタックインを前提にデザインされていたため、着丈が長くいまの気分で取り入れるのはなかなかに難しい。また、本モデルのようにタックインされた部分と褪色深度が異なる個体も少なくない。
【問い合わせ】
マルベリー
TEL03-6450-4800
https://mulberryco.jp/
(出典/「2nd 2024年5月号 Vol.204」)
Photo/Yohei Kojima Styling/Shogo Yoshimura Text/Takehiro Hakusui Hair&Make/Naoyuki Ohgimoto
関連する記事
-
- 2024.11.11
ステュディオ・ダ・ルチザンの「定番・際物」プロダクツを狙え。