プレッピーと呼ばれる人は大学に入ってからも、社会へ出てからもプレッピーであり続ける。
プレッピーと聞いて何を思い浮かべるでしょうか。アイビーの派生形? ポロシャツやコットンパンツ? 決して間違いではないのですが、日本ではひとえにファッションとして捉えられがちで、服のディテールやブランドに注目が集まって各論に寄りすぎている懸念があります。
本来プレッピーはアイビーリーグ8校などの著名大学に入るための予備校のこと。だからアイビーの弟分的なファッションである、という紹介をこれまで日本でされてきましたが、ちょっと違います。プレッピーと呼ばれる人は大学に入ってからも、社会へ出てからもプレッピーであり続ける人種のことを指すからです。まずは、プレッピーの総論、いわば大木の幹のところからお話ししようと思います。
プレッピーは大別するとファッションとライフスタイル、2つの軸がある。
プレッピーは大別するとファッションとライフスタイル、2つの軸があります。例を挙げてみましょう。ツイードジャケットにオレンジの太畝コーデュロイパンツやエンブロイダリーのパンツを合わせたり、ピンクのボタンダウンシャツの下にポロシャツを着たりといったことがファッションのプレッピーとして語られてきました。
プレッピーにおけるライフスタイルのコンセプトのひとつは、アイテムとしては保守的だけど非常に実用的で合理的なものを選んでいること。例えば、エルエルビーンのガムシューズやトートバッグはプレッピーアイテムとして昔から知られています。防水性のあるガムシューズは雨の日に限らず普段履きにしても便利ですし、非常に実用的な靴です。トートバッグにしても、何でも詰め込んで持っていけるという合理性があります。
リッチなんだけど実は簡素であることもプレッピーの欠かせない要素です。プレッピーの主要アイテムとして名前が挙がる靴に、トップサイダーのレザーデッキシューズがありますが、かつては靴底をガムテープで補修して履いていました。襟や袖が擦り切れたオックスフォードシャツを着続けたり、プレップスクールのボタンが付いたブレザーも兄弟のお下がりをサイズが合わないままだらしなく着ていたりしました。むしろ誇らしげに着ているのは、しつけや祖先が厳格なピューリタンが多かったことと無関係ではないのだと思います。
共通するのは、ファミリーとしては裕福でリッチなアイテムを持っているけれど、実は簡素だということ。そして、保守的だけど合理的。このふたつがプレッピーを理解する上で最も重要です。
ラルフ ローレンを機にプレッピールックの大々的なキャンペーンを開始。
それを踏まえて、プレッピーがどうやって根づいていったかをお話ししましょう。1979年に一人のプレップスクール出身の男性と、女性のリサ・バーンバック氏がアメリカの出版社にプレッピーにまつわる企画を持ち込んだものの、ことごとく門前払いされ、一旦はお蔵入りになってしまった。
しかし、ちょうどこの頃、プレッピー隆盛の立役者、ラルフ ローレンが日の目を浴びます。1980年の春夏のニューヨークコレクションで、ラルフ ローレンがプレッピーをメインテーマにしたコレクションを発表。
それまではブリティッシュアメリカンな大人のスタイルを軸にしていましたが、アイビーとプレッピーといった気楽さと伝統のある若者の装いをテーマにしたカレッジルックに振ったのです。それも重々しいクラシックなアイビーではなく、色とりどりのカラフルなアイビーで、それをラルフ ローレン流のプレッピーと表現しました。
それを受けて、アメリカの著名なデパートでもプレッピールックの大々的なキャンペーンを開始しました。こうした出来事が追い風になって、頓挫していた『オフィシャル・プレッピー・ハンドブック』が出版されることになったのです。
1960年代はジャパンアイビーの全盛期。
そして、舞台は日本へ移ります。本家『オフィシャル プレッピー ハンドブック』に目をつけた、ロサンゼルスに拠点を置いていた編集プロダクションから講談社に連絡が入り、「面白い本が出たから翻訳して日本で出版しませんか?」と依頼があったのが始まりです。
翻訳された本は日本版『オフィシャル プレッピー ハンドブック』となり、雑誌『ホットドッグプレス』では、プレッピー特集が組まれました。読み比べてもらうと分かるんですが、翻訳本は独特な生活スタイルや言い回しだったりとライフスタイルとしてのプレッピーを紹介していた一方、雑誌ではファッションとしてのプレッピーを取り上げました。
ただ、雑誌『ホットドッグプレス』や『メンズクラブ』はラルフ ローレンが提案したプレッピールックに大いに影響を受けてファッションとして取り上げたので、オーセンティックなアイビーを信奉する服好きな日本人男性からは鼻であしらわれてしまった。色使いが派手で、軽薄に映ったんでしょうね。しかしですね、実のところアイビー信奉者が頼っていたVANが初期に提唱していたマインドはプレッピーだったんですよ。
アイビーが、姿形を変えて、プレッピーという新しい言葉で出てきた。
話は少しさかのぼることになりますが、VANの創業者、石津謙介氏の家に一人のアメリカ人男性がよく遊びに来ていました。それが、オブライエン中尉という、石津氏が天津の租界都市で出会ったアイビーリーグ(プリンストン大学)出身の人物。オブライエン中尉からファッションやライフスタイルについて根掘り葉掘り聞いて服作りやコンセプト設計の参考にし、VANでプレッピーマインドが息づいたアイビー直系の服、ボタンダウンシャツやコットンパンツを作ることになったのです。
そして、1964年にみゆき族が現れてジャパンアイビーが隆盛を極めます。2~3年アイビーブームが続き、1965年にベトナム戦争が起きて、アメリカのエリート層に対する批判が大衆から巻き起こったわけです。それが、アイビーのコンサバ的なルックと戦争を仕掛けた政府寄りのエリートが結びつき、アイビーそのものが否定され下火になっていきました。モッズやコンチネンタル、モードといったさまざまなスタイルが現れてファッションが多様化していった側面もありましたしね。
1970年代後半にはVANが倒産し、アイビーが完全に忘れ去られる寸前まできていた状態で、ラルフ ローレンはアイビーのアイテムを使いながらも色と着こなしで新しい見せ方を提唱したんですね。過去のアイビールックをなぞるよりは新規性のある見せ方をしないとビジネスとして成功しないという考えもあったんだと推察します。
保守的と言われたアイビーが、姿形を変えて、プレッピーという新しい言葉で出てきた。面白いですよね。そこに日本の雑誌が追随して、人々がまず思う、いわゆる“プレッピースタイル”が浸透します。
雑誌『ホットドッグ』では元VANの社員がラルフ ローレンのルックを参考に、ボタンダウンシャツの下にポロシャツを着せたり、ジーンズにアイロンをかけて穿くことをよしとしたり、そういったディテール重視のプレッピーにフォーカスしていました。
日本人はルールが好きなので、性に合っていたんでしょうね。それが今も脈々とつながっているわけです。プレッピーが伝播していったのは、これ見よがしなアピールをしないプレッピーと日本人の奥ゆかしい気質にも合っていたし、日本ではエリート主義を排除していることも関係していると思います。
プレッピーをプロダクトや着こなし中心のファッションとして捉えることは決して悪いことではないですが、それを踏まえた上でライフスタイルを自由に楽しめればいいですね。これからの地球環境を考えると、無駄のない装いをしながら生活を楽しんでいく工夫、リッチだけど質素であるとか、良質な素材のものを擦り切れるまで使うとか、プレッピーは人々が生活する上でもひとつの指針になるではないかと思っています。
【遠山さんのプレッピー論】“プレッピーはファッションとライフスタイルの両軸である。”
ファッション
プロダクト|スウェットシャツ、ウインドブレーカー、ビーンブーツetc.
着こなし|ボタンダウンシャツとポロシャツを重ね着、デニムにアイロン掛け
ライフスタイル
保守的だけど合理的で実用性のあるものを選んでいること。
ファミリーはリッチだけれど簡素な心情を大切にしている。
プレッピーの歴史
1959年 VANがアイビースーツを発表
1964年 みゆき族が現れる。ジャパンアイビー全盛期
1965年 伝説の名著『TAKE IVY』が発売される
1970年 モッズやコンチネンタルなどファッションが多様化。アイビースタイルが衰退していく
1978年 VANが倒産
1979年 このころからラルフローレンのビジュアルにプレッピー色が色濃く散見されるようになる
日本の雑誌がプレッピーカルチャーを紹介しはじめる
プレッピーという言葉の初出は、1979年のメンズクラブ8月号
「アイビー・リーガーの源流プレッピーって何だ?」という企画でスタイルや流儀を解説
1980年 『オフィシャル・プレッピー・ハンドブック』がアメリカで発売される
1981年 『オフィシャル・プレッピー・ハンドブック』の日本語版が発売
2010年 『オフィシャル・プレッピー・ハンドブック』第2弾、『TRUE PREP』が発売
(出典/「2nd 2023年8月号 Vol.197」)
Photo/Ryota Yukitake Text/Kazuki Ueda
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