小泉今日子が創出する“向田邦子の世界”
「食」「猫」「テレビ(ドラマ)」の3つのテーマを軸に、10作品を朗読した本編では、小泉今日子の可憐で魅惑的な声に、たとえば「水羊羹」にはミリー・ヴァーノンの「スプリング・イズ・ヒア」というようにエッセイにまつわる曲や向田邦子が所蔵するレコードからセレクトされた音楽が重ねられる。
そこには向田作品が醸すピリッとした小気味いい触感と、ステージに置かれたアンティーク家具、ステージ上から照らす柔らかな光、そして小泉今日子の凛とした佇まいが絶妙にあいまって創出する“向田邦子の世界”がしっかりとあった。耳元で囁くような優しい声で向田作品の文章を聞いていると、まるで小泉今日子に向田邦子が憑依したかのような感覚になる瞬間さえあった。
デビュー以来親しんできた耳馴染みのある小泉の声に包まれ、宙に浮いているような心地よさでその世界に没入していると、あっという間に1時間半が過ぎてしまう。
小泉今日子の経験を積んだ巧みな演技力
朗読の合間には、向田邦子と付き合いの深い演出家の久世光彦氏との思い出や、向田邦子と小泉今日子がともに愛する猫についてのエピソードも披露された。
「向田邦子脚本、久世光彦演出、小泉今日子出演で作品を作れるとしたら」という問いには「役者はオファーをいただいて演じるものなので」としつつ、ドラマ版『阿修羅のごとく』に出演し小泉今日子と同じく四姉妹の長女を演じた加藤治子に触れ、「加藤治子さんのような役者になれたら」と語り、大いに腑に落ちる。
今回の朗読会は、人間の感情の機微をとらえる向田邦子の文章の素晴らしさと、小泉今日子の経験を積んだ巧みな演技力があいまって、朗読というものの魅力を再認識するいい機会となった。
取材・文 山本貴政(ヤマモトカウンシル)
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