どうすれば、より健康に有意義な長い人生を送れるのか?
人間誰しも歳を取るのは仕方のないこととはいえ、親が高齢になり、病に臥せったりし、自分も歳を取ってくると、「我々は、何歳まで生きるのか?」「それまで健康で生きられるのか?」が気になってくる。
日本人の平均寿命は男性が81.05歳、女性が87.09歳(厚生労働省「簡易生命表(令和4年)」。
世界有数の長寿国であるにもかかわらず、「100歳まで生きたいか?」と答える人は3割以下で、これは先進国の中で群を抜いて最低。
言わば日本は高齢者が「生きられるのに、生きたくない」国だといえる。
それは、実際に生きられる可能性があるからこそ、経済的な不安を感じたり、健康に生きられない不安を感じたりと、具体的に不安を感じるのかもしれないが、そこに大きな社会的課題があるように思う。
その社会課題を解決しようというのが、今回のイベントの主題だ。Scrum Studioは、日本の大企業と、世界のスタートアップを結びつけ、社会課題解決のエンジンとしようとしている会社。
『Well-BeingX』は、いかに健康に、楽しく、良い生活を送るかに関するスタートアップを集めている。『AgeTechX』は、老化、年齢に関するスタートアップが集まっている。
どうすればより健康に、有意義な長い人生を送れるのか? どうすれば、老いた人をよりサポートできるのか? 楽しく、『長生きしたい』と思える人生を送ってもらえるのか? 我々は誰しも老いる。これは誰にとっても『自分ごと』なのだ。
105歳まで元気に生きた祖母を思い出した
『高齢化』という問題に、世界で一番に突っ込んでいくのが日本。だからこそ、エイジテックやウェルビーイングに関する課題を日本が解決することには意義がある。それは、今後世界が必要とするテクノロジーだからだ。
ここでちょっと個人的な体験談をお話したい。筆者の祖母は8年前に世を去ったのだけれども、105歳まで生きたし、亡くなる1年前ぐらいまでは、洗濯や洗い物などの家事をやっていた。筆者が知る限り、怒ったり感情的になったりしているのを見たことがないし、85歳ぐらいまでは娘(つまり筆者の親)に連れられて海外旅行などにも行っていた。104歳まで、自分で身の周りのことをできた幸せな高齢者だったと思う。
実際、亡くなる前年にも、筆者のクルマの助手席に乗ってくれて一緒に北野天満宮にお詣りに行ったりした(娘の高校受験のお礼参りだったと思う)。
日々、節制して楽しく暮らせば、104歳ぐらいまでは元気でいられることを、祖母が身をもって教えてくれた。筆者の家族は、ある意味、良い手本を見せてもらったのだ。それでも、100歳を超えてからはだんだん記憶やできることが、かすれるように消えていく感じがした。人生には限りがある。最後は、実家で食卓でみんなが食事している時に、本当に消えるように亡くなっていたと聞いてる。
明治の末に生まれ、戦争では空襲で家が焼かれたり、疎開したりと、決して安楽な人生ではなかったとは思うが、幸せな晩年だったと思う。そういう晩年を多くの人が過ごすにはどうすればいいのだろうか?
このイベントはそんなことを私に考えさせてくれた。
未来を照らすテクノロジーの光。Abbie Richie氏が講演
イベントでは、まず冒頭にScrum Studio代表の高橋正巳さんが挨拶。『Well-BeingX』と『AgeTechX』の意義について語った。
司会は、Well-BeingXのプログラムマネージャーを務める渡部優也さん。
Keynoteセッションを務めたのは、このイベントのためにアメリカから来日されたThe Smarter ServiceのTech GuruであるAbbie Richieさん。テーマは、『未来を照らすテクノロジーの光。Abbie Richieが語る高齢化社会への新たな視点』。
Abbie Richieさんは、非常にポジティブな視点で高齢化社会を捉えていて、海外で行われているエイジテックの実例をいろいろ説明された。たとえば、こちらは家庭内で運搬などを手伝ってくれるロボット。
幸せに長生きできる国にするために、何ができるのか?
会場となった博報堂本社内のUniversity of CreativityにはMandalaと呼ばれるクリエイターの交流のための場所があるのだが、そこで『Mandalaサロン』として、2つのセッションが行われた。
JTの中井博之さん、ロート製薬の西原麻衣さん、サンクリエーションの太田明良さんが登壇して話されたのは、『100歳まで生きたい! と心から思える暮らしや社会のあり様について』。
前述のように、日本は世界的に見ても有数の『長生きできる国』なのに、多くの人は長生きを望んでいない。
それは、安心して歳を取ることができないからかもしれないし、そこに楽しい生活、目標がないからかもしれない。
続いては、オムロングループのヒューマンルネッサンス研究所の立石郁雄代表と、楽天生命保険の杉澤健真さんと、住友生命保険の藤本宏樹さんが登壇され、Mandalaサロン2が行われた。
ここで、大きな話題となったのはオムロンの創業者・立石一真さんが、1970年の国際未来学会で発表されたSINIC理論。
SINIC理論は、未来社会を予想するために、これからの社会がどうなっていくかを考えたもの。オムロンはこの理論を元に経営されているのだそうだ。
’70年代に考えられたものなのに、情報化社会の出現や、ヘルスケアやウェルビーイングが重視される社会が予想されており、50年以上が経った今でも、まだこの先の未来が指し示されていることには驚かされる。
ウェルビーイング、エイジテックのスタートアップを紹介
その後、参加したスタートアップのショートピッチが展開された。イベント会場内でのブース展示も交えて、その中から、いくつかのスタートアップをご紹介しよう。
MISOVATION
まずはMISOVATION。
最近、増えてきている完全栄養食のみそ汁版だ。
完全栄養食とは、生活に必要な栄養分をすべて含んだ食事のこと。最近、パンやパスタタイプのものが増えているが、毎日パンやパスタ風のものを食べ続けるというのは、日本人にとってはちょっと飽きが来るかもしれない。そこで、みそ汁タイプの完全栄養食というわけだ。
考えてみれば、そもそもみそ汁というのは多彩な素材が混じっており、もともと日本風の完全栄養食だともいえる。そのみそ汁をベースに、完全栄養食としてチューニングをほどこしたというわけだ。日本人にとって飽きにくいし、健康状態や好みに対してチューニングも容易だし、バリエーションも作りやすそう。
HYOUKA
https://www.hyouka-ai.com/jp/top
HYOUKAは、ジェスチャーベースのフィードバックシステムを提供する企業。
店頭で、アンケートを取ったり、フィードバックを得たりするのは難しいもの。場合によっては、アンケートの回答を要求すること自体が心証を悪化させる可能性もあるし、店頭でタブレットの操作を頼んだりするのも面倒がられる可能性が高い。
そんな中でフィードバックを返してもらう方法として、ジェスチャーや表情からフィードバックを得るシステムを開発しているのがHYOUKAだ。創業者のAki Kutvonenさんはフィンランド人で日本在住。日本語も堪能。
筋肉Phoneプロジェクト
筋肉Phoneプロジェクトは、皮膚に貼り付けるワイヤレス通信可能な筋電センサーを使って、筋肉の活動を可視化し分析する技術。
デモをマッチョな男性がやっていたので、筋トレをしたい若い人向けに見えるが、このデバイスの目的は、むしろ高齢者への情報提供。
高齢になると、筋肉量が低下して、移動が困難になる。自分で立って歩けなくなると介護が必要になり、身体の他の部分の状況も悪化し、認知症も進み、介護が必要な状態になっていく。この加齢による筋肉量の低下をサルコペニアというのだが、この筋肉Phoneは、このサルコペニアの抑制に効果がある。どのぐらいの負荷をかけたら、筋肉が鍛えられるのか(逆にいえば、今やっているトレーニングに意味があるのか)を判別できる。
高齢者社会を迎える日本にとって、サルコペニア抑制は、医療費の低減、健康寿命の延長ということで、非常に大きな意義があり、市場規模も大きなスタートアップだといえる。
Brelyon
Brelyonは装着することのないディスプレイで、VR的な立体空間を体験できるディスプレイ。
ちょっと短時間の取材では仕組みは分からなかったが、ご覧のようなディスプレイで、確かに裸眼で立体視が可能。VRゴーグルで見ているような、明確な立体感がある。
VRゴーグルは装着する面倒さ、閉塞感があるから、これは新しい体験だった。仕組みが知りたい。
M Vision
一般に頭部のMRI画像は脳腫瘍などの診断に使われる。みなさんも、MRIを撮って「腫瘍はありません。大丈夫です」と言われたことがあるのではないだろうか?
エムビジョンは、従来その「腫瘍の診断」にしか使われていなかった大量の頭部MRI画像をAI解析することで、『将来、認知症になるリスク』を診断するとができるようになったという。
医療は、従来『起きてしまった、致命的な病』を治療することにフォーカスしてきたが、むしろ『病にならず、健康的に生きられる状態』を維持した方が、健康寿命は伸びるし、社会的なコストも下がるはずだ。エムビジョンは、未病時の診断に大きく貢献するというわけだ。
この他にも、数多くのスタートアップが発表したり、ブース展示したりしていた。
ウェルビーイング、エイジテック領域は、これから非常に重要になるし、高齢化先進国である日本にとって、重要な課題であると同時に、ノウハウを蓄積するチャンスでもある。
今後も、Well-BeingXと、AgeTechXの進展に注目していきたい。
(村上タクタ)
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