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iPadと『デイヴィッド・ホックニー展』、そしてワークショップ

(タイトル画像:春の到来 イースト・ヨークシャー、ウォルドゲート 2011年 2011 ポンピドゥー・センター © David Hockney)

東京都現代美術館で『デイヴィッド・ホックニー展』が開催されている。そこでiPadを使ったワークショップが行われるというので、取材に行ってきた。

『デイヴィッド・ホックニー展』
(主催:東京都現代美術館・読売新聞 2023年7月15日(土)〜11月5日(日))

https://www.mot-art-museum.jp/exhibitions/hockney/

デイヴィッド・ホックニー展関連プログラム『iPadで絵を描こう』
https://www.mot-art-museum.jp/events/2023/08/20230808174242/

デイヴィッド・ホックニーは、現在も創作活動を行い、大きな影響力を発揮し続けている現代美術作家。イギリスの20世紀の現代芸術を代表する作家の1人であり、創作活動の一部にiPadを取り込んでいることでも知られている。

対象を注意深く観察し、それを作品として描くことにこだわり続けたホックニーの展覧会の会場で、彼が使ったのと同じ『iPad』を使って、彼と同じように注意深く観察し、絵を描いてみよう……という興味深い取り組みだ。

※画像転載禁止

『デイヴィッド・ホックニー』ってどんな人?

ワークショップのレポートの前にまず、デイヴィッド・ホックニーと、今回の『デイヴィッド・ホックニー展』についてご説明しよう。

ホックニーは、1937年イギリス中部ブラッドフォード生まれの画家(現在86歳)。アンディ・ウォーホールなどの1世代下。高く評価されているが、今なお存命で作品を作り続けているという点においても特別な存在だ。

イギリスのロンドンで学生時代を過ごし、1964年にカリフォルニアに移住。カリフォルニアの明るい陽光の下で、明るい風景、プールの水や光を表現、上流家庭の生活や彼自身の志向でもあるホモセクシュアルについての作品を描く。当時イングランドでは同性愛は違法であったが、カリフォルニアでは合法だったというのも居を移した理由のひとつであったらしい。

肖像画においてその人物の内面を描こうとし、風景画においてその見たままの美しさを描こうとし、ピカソのキュビスムに傾倒し、舞台芸術や、フォトコラージュを作るなど、さまざまな作品を残している。60年を超える創作活動の中で、常に探究を続けており、現在はノルマンディーで季節による風景の移ろいを描き続けている。

今回の『デイヴィッド・ホックニー展』は、日本では27年ぶりとなる大規模な個展で、イギリス各地と、ロサンジェルスで制作された多数の代表作に加えて、近年の風景画の傑作『春の到来』シリーズや、コロナ禍のロックダウン中にiPadで描かれた全長90メートルを超える最新作まで、120点あまりの作品が展示される大規模なもの。

『春が来ることを忘れないで』コロナ禍の状況下での強いメッセージ

会場に入って最初の一作からして、とても心打たれるものだった。

No.118、2020年3月16日「春の到来 ノルマンディー 2020年」より 2020 作家蔵 ©︎ David Hockney

本作『No.118、2020年3月16日「春の到来 ノルマンディー2020年」より』には、『Do Remember They Can’t Cancel the Spring(春が来ることを忘れないで)』というメッセージが添えられている。

コロナ禍が吹き荒れる2020年春に、ヨーロッパの人々にとって春を告げる花であるラッパスイセンを描いて、オンライン上で公開したのだという。この作品もiPadで描かれている。

この作品を描いたホックニーもさることながら、本作を入り口入ったところに据える本展覧会にも強い意図を感じる。さまざまな画材を試みてきたホックニーにとって、iPadもまた最新の興味深い画材であり、多くの作品がiPadで描かれている。この展覧会自体も、そのことを強く意識したものとなっている。

ホックニー作品に見る、iPad絵画の特徴

本展覧会のキュレーションに携わった学芸員の楠本愛さんによると、ホックニーはiPad作品において、4つのポイントを意識しているようだという。

1.バックライトであること

ひとつ目は、作品が描画時にはバックライトによって表示されるということ。

「窓からの眺め」より 2010-11 作家蔵 © David Hockney

この点に着目し、ディスプレイによって展示されている作品もあった。

ちなみにこの作品、ホックニーが毎日のように描画した小品を数秒ごとに切り替えながら展示しているのだが、左の2点はiPadで描かれたもの。右の1点はiPad登場以前に、iPhoneを使って指で描かれたものだそうだ(iPad登場以前ということだし、縦横比からすると、初代iPhone〜iPhone 4sの時代のものと思われる)。使われているアプリは、みなさんもご存知『Brushes』。

Brushes
https://apps.apple.com/jp/app/brushes/id1168117279

ちなみに、ホックニーはBrushesを好んで使うとのこと。我々ガジェット好きからすると、Procreateや、Adobe Frescoを使った方が表現力が増すし、油絵調や水彩調などさまざまなブラシを使えるように思える。しかし、油彩は油彩、版画は版画、そしてiPadはiPadらしい表現を行えばいい……というのがホックニー流らしい。

2.早く描けること

話は逸れたが、2つ目は、早く描けること。毎日のように持ち歩き、季節の移ろいに置き去りにされることなく、素早く描けることが重要になってくる。全長約90mの『ノルマンディーの12カ月』を季節を追いながら描くことができたのもiPadがあればこそである(この作品は、MacのPhotoshop上で繋ぎ合わされ、再編集されている)。

ノルマンディーの12か月 2020-21 作家蔵 ©︎ David Hockney

3.色を重ねられること

3つ目は、色を重ねられること。

水彩画はもちろん、油彩画にしても先に塗った色の影響からは逃れられないが、iPadの場合はどんどん上に色を乗せていくことができるし、鮮やかな色を乗せてもそれが先に塗った色の影響を受けて濁ることはない。また、水の飛沫の輝きなども下の色の影響を受けずに描くことができる。

色の鮮やかさは、iPadを使う大きなメリットだ。

(左3点)春の到来、イースト・ヨークシャー、ウォルドゲート 2011年 2011 デイヴィッド・ホックニー財団、(右)春の到来、イースト・ヨークシャー、ウォルドゲート 2011年 2011 ポンピドゥー・センター蔵 ©︎ David Hockney

右の大きな展覧会のメインビジュアルにもなっている絵はホックニーらしい鮮やかな色を使った油彩。左の3点の作品は(会場にはもっとたくさんある)iPadでBrushesを使って描いた作品をプリントアウトしたもの。異なった画材を使っても、ホックニーらしい鮮やかな色味が表現されているところも興味深い。

4.ブラシツールを作れること

そして、4つ目は、自分のオリジナルのブラシツールを作れるということ。これも『ノルマンディーの12カ月』で使われている。数本の枝を組み合わせたブラシが拡大縮小されながら使われている様子は、自然がフラクタルを内包していることを表現しているようでもある。

2010年4月に発売されてすぐにiPadを買ったホックニー

これも学芸員の楠本さんから聞いた話なのだが、ホックニーはiPadが世間に登場した最初の頃からiPadを使っていたらしい。

iPad登場以前も、iPhoneでBrushesを使って絵を描いていたというほどで、iPadが登場した2010年4月には喜んですぐさまiPadを購入し、絵を描き始めていたという。

ホックニーは常に新しい画材や技術を取り込むことにどん欲で、登場したばかりのアクリル絵の具を取り入れたり、 ’80年代には、コピー機やプリンターといった機材を創作に取り込んだりしていたそうで、新しい『iPad』という画材を創作活動に取り込んだのも必然といえるのかもしれない。’90年代にはMacintosh IIfxで絵を描いてみたりしたこともあるらしい。ただ、当時はそれを紙に高精細で出力する手段がなかった。現在の作品は、ホックニー自身がアトリエにあるプリンターで出力、色管理をしているとのこと。今回の展示作品も、日本で出力されたものではなく、ホックニー自身が出力、チェックしたものを日本に輸送しているのだという。

「最近はずっと同じiPadを使っているようです」とのことだったが、図録に載っている写真を見ると、2018年登場のiPad Pro 12.9インチ(第3世代)を使っているようだ。Apple Pencilは第2世代に見える。

『現代美術』はその勃興の時期が1950年代から、’60年代だったために、『現代』と名がついているのに、どうしても’50〜 ’70年代の香りを強く感じる。かといって、最新のテクノロジーを生かしたアートやVR空間に描かれるもの、NFTを使ったものは、(うがったものの見方かもしれないが)どうしてもテクノロジーが先行しているように思える。

’50年代から、自分の文脈で連綿と創作活動を続け、自然とその中に新しい技術を取り込み、86歳になった今でもどん欲に創作活動を続けているホックニーは、自然に画材としてiPadを取り込んでいる感じがする。iPadユーザーの方はぜひご覧になって欲しい。

展覧会を観てすぐにワークショップ!

そんな『デイヴィッド・ホックニー展』の関連プログラムとして、一般の方向けに『iPadで絵を描こう』というプログラムが行われた。

ホックニーが使ったのと同じ『iPad』という画材を使って、日常の中に潜む美しさを素直に絵に描こうというプログラムだ。会場は、展覧会が開催されている東京都現代美術館地下の講堂。参加条件は、当日有効の展覧会のチケットということだから、作品を見て興奮したままに、制作にとりかかることができる。

参加条件は『小学生以上』ということで、大人も子どもも境目なく、目の前にある花をiPadで描く取り組みだ。

「絵を描こう」と言うと多くの人は身構えてしまうものだ。

構図をどうするか、どの色から塗ればいいか? 画材の性質や、制作の工程について考えてしまう人も多いだろう。絵を描くという作業に自信がない人は、どうしたらいいのか? と立ちすくんでしまうかもしれない。

しかし、iPadなら、見えたままに色を乗せていけばいい。

上から塗り重ねてもいいし、あとから背景を描くことさえできる。見たままの姿を、思うままに描けるということの敷居の低さ、そして、それこそまさにホックニーがやろうとしていることなのだということを体感することができる。

もちろん、大人にとっても、iPadという画材は新鮮だ。ホックニーは朝起きた時に、ベッドに座ったままブラインドから洩れる光に照らされる花瓶の花を描き、屋外にiPadを持って出てスケッチを行うという。

会場の子どもたちの多くは、GIGAスクール構想のおかげでiPadに触れている。大人も、触れる機会はあるだろう。しかし、勉強の道具であったり、仕事のツール、動画を見るデバイスとして接していて、『画材』だとは思っていなかったとのこと。

iPadが『画材』として、大きな可能性を持っていることが体験できたようだ。

真摯に取り組む姿勢に大人も子どももないし、短時間でも絵を描く楽しさをストレートに体感できるのがiPadで絵を描くメリットだと思う。

制作した作品は、最後に展覧会の特別協賛でもあるキヤノンのプリンターで額装のグラフィックとともにプリントして配布された。

iPhoneにAirDropして持って帰ればいいのではないかと思うが(Apple StoreのToday at Appleではそういうアドバイスがされることが多い)、プリントしていつでも見られるというのも、また良いものだと思った。

Apple製品ユーザーでない人でも持ち帰れるように……という配慮でもあるという。

目の前にある美しさを素直に描こう

親子で挑戦すれば、親子のコミュニケーションにもなるし、意外な子どもの才能に気付く機会になるかもしれない。

この作品は、ブルーに塗って消しゴムで白い花瓶を描いていた。指導していたスタッフの方が『版画みたいな手法を発見している』と驚いてらっしゃった。

こちらの作品も、目の前にある花の美しさを素直に描こうとしていて好感が持てる。

目の前にある美しさを描こうとするというのは、ホックニーがずっと取り組んできたことだし、ホックニーの作品をたくさん見て、心が波立っているその瞬間に、自分も同じ体験ができるというのは素晴らしいワークショップだと思う。

すでに、来月の10月9日開催分も満席のようだが(公開2〜3日で満席になったらしい)、『デイヴィッド・ホックニー展』を見に行って、ご自身のiPadで、絵を描くことにチャレンジしてみてはいかがだろうか? 見るだけの展覧会とは、また違った体験ができるのではないかと思う。

『デイヴィッド・ホックニー展』(東京都現代美術館)
https://www.mot-art-museum.jp/exhibitions/hockney/

会期は、11月5日までだが、終わりが近づくととても混雑することが予想される。今のうちに、行っておくことをお勧めする。

(村上タクタ)

この記事を書いた人
村上タクタ
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村上タクタ

おせっかいデジタル案内人

「ThunderVolt」編集長。IT系メディア編集歴12年。USのiPhone発表会に呼ばれる数少ない日本人プレスのひとり。趣味の雑誌ひと筋で編集し続けて30年。バイク、ラジコン飛行機、海水魚とサンゴの飼育、園芸など、作った雑誌は600冊以上。
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