モアイのアイコンが目印。40年にわたって名作を提供する映像レーベル「エモーション」

1980年代にレンタルビデオ店でアニメ作品を借りていた昭和50年男なら、このモアイのアイコンには見覚えがあるはずだ。本編開始前に流れ、嫌でも記憶に残る神秘的なモアイのアイコンを使ったEMOTIONは、83年にバンダイ(※1)の映像レーベルとしてスタートした。EMOTIONレーベル=アニメ、というイメージがあるかも知れないが、第一弾のラインナップでアニメ作品は『ルパン三世』と『魔法のプリンセス ミンキーモモ』『超時空要塞マクロス』。他は『怪奇大作戦』『快獣ブースカ』『マイティジャック』など、特撮作品がズラリと並ぶ(83年11月/現在はすべて廃盤)。まだ家庭にビデオが普及する前に放送されたマニアックな特撮作品も扱うレーベルだったのだ。

※1…現在は株式会社バンダイナムコフィルムワークスが映像事業を継承。

テレビ企画がボツになり世界初のOVAへ転生

EMOTIONレーベルの創設者である渡辺 繁氏は83年当時、『ゴジラ』『ウルトラマン』などの精密組み立てキット「リアルホビー」をバンダイのポピー事業部で企画していた。84年の新作映画『ゴジラ』に向けて、 世間では特撮ブームが巻き起こっていたのだ。

怪獣物のホビー商品に意欲を燃やす渡辺氏だったが、突如として同社フロンティア事業部への異動を命じられる。フロンティア事業部はマルチメディアショップ(ビデオ販売店、レンタル店、レーザーディスク販売店、コミック専門店などの集まったビル)を六本木で展開していたが、赤字続きのため、新たにビデオメーカー事業を起こすことになったのだ。異動にあたって、渡辺氏は前述のとおり『〜ミンキーモモ』、テレビ版『超時空要塞マクロス』(82年)と共に、怪獣物の商品開発で培った知識を活かし、特撮作品のライセンスも獲得した。

アニメと特撮の混在したEMOTIONのラインナップは、幅広く玩具やホビー商品を手がけるバンダイらしいとも言える。しかし、玩具会社であるバンダイはビデオ販売については全く未経験であった。

そのようにしてスタートしたEMOTIONだが、レーベルの個性を強烈に印象づけたのは世界初のOVA(オリジナル・ ビデオ・アニメーション)『ダロス』の発売(83〜84年)だろう。発足当初、EMOTIONレーベルのビデオ商品は、ライセンス獲得による作品ばかりだった。

ところが、『ダロス』はテレビで放送もされていないし、映画館で公開されたわけでもない。マンガ原作でもなく、ビデオが初出のオリジナル作品…まさに”オリジナル・ビデオ・アニメ”なのだ。

では、『ダロス』の企画された経緯を見てみよう。もともと『ダロス』は、テレビ東京で放送されていたアニメ『魔法のプリンセス ミンキーモモ』の後番組、つまりテレビシリーズとして企画された。企画を考えたのは『うる星やつら』を制作していたスタジオぴえろ(現・ぴえろ)である。

ところで、アニメーションは作中に登場するキャラクターやアイテムを商品化することでも収益を得ている。『ミンキーモモ』の変身アイテムはバンダイが発売しており、『ダロス』も同じようにバンダイで玩具や模型を発売する予定で、ハイティーンの男子向けマーチャンダイジングを絡めたアニメ番組を想定していた。ある程度まで進んだアニメとしての企画は見送られてしまったのだが、『ダロス』に別の角度から光が当たった。

かねてより渡辺氏の相談相手であったメディアわんの土屋新太郎氏(※2)が「ビデオ専用のアニメとして売ったらどうだろう」と提案。ビデオ販売用の企画として新たに制作されることになったのだ。”瓢箪から駒”というか、最初からビデオ販売用に企画されたのではなく、その時代に居合わせた人の流れが、偶然にOVAという新ジャンルを切り拓いたのだった。

※2…80年代当時、ポピー(バンダイグループの玩具メーカー。現在はバンダイナムコグループ内の会社に吸収合併)コンサルタントや、キャラクターアナリスト、メディアアナリストとして活動 。

『ダロス』を知れば、OVAの特性がわかる

では、『ダロス』とはどんな作品だったのだろう? 前述したように、制作スタジオはスタジオぴえろ。当時、タツノコプロか とりうみひさゆきら移籍した演出家の鳥海永行(※3)、同じく移籍した鳥海の弟子である押井 守、二人の師弟コンビが脚本・監督を務めている(鳥海は原作・脚本としてクレジット)。押井は当時、『うる星やつら』のチーフディレクターに大抜擢されていた。

※3…タツノコプロで『科学忍者隊ガッチャマン』や『破裏拳ポリマー』『ゴワッパー5 ゴーダム』などを制作した。2009年没。

ストーリーの面でも、後のOVAに与えた影響は大きい。月面都市に暮らす労働者たちが、一方的に資源を搾取するだけの地球政府に反抗してゲリラを組織。月面移住者の新世代である主人公は戦いに巻き込まれ、地球から派遣されたエリートの司令官と対峙することとなる。人型のメカこそ登場するものの、ロボット物ではない。ロバート・ A・ハインラインの古典的なSF小説『月は無慈悲な夜の女王』にも通じる硬派な世界観で、1作では描き切れない重厚さがあり、続篇を期待させる終わり方だった。

また、商品構成にも注目したい。当時のテレビアニメは、30分×52本で一年間の放送が当たり前の時代。アニメ映画なら1時間半〜2時間である。『ダロス』はどちらとも異なり、30分×4本。しかも、後半は第3話を2本に分けるという変則的な構成だった。さらに言うなら、アクションシーンの多い第2話を最初に発売するという大胆な戦略をとった。この自由奔放なスタイルが、結果的に”形式にとらわれない”OVAならではのスピリットを生み出したのだ。

ダロス[EMOTION 40th Anniversary Edition]|月面都市を舞台に、労働者たちの革命を描いたOVA『ダロス』。池田秀一、鵜飼るみ子といった『機動戦士ガンダム』の人気声優や押井 守作品の常連である榊原良子、玄田哲章もキャスティングされている。映像的には、押井得意のミリタリー演出の光る第2話がいちばんの観どころ(Blu-ray 6,380円)

テレビアニメの形式で低価格OVAを作る

その後、EMOTIONだけでなく競合他社も積極的にOVAを開発するようになり、それらのなかには、発売と同時に本 編を映画館で公開するパターンもあった。30分×数本、60分で一本のみ、あるいは1時間半の劇場アニメそのままのフォーマットが混在しており、ヒットした後にあわてて2本目を作る例も多かった。

その流れを変えたのは、88年4月にEMOTIONレーベルからリリースされた『機動警察パトレイバー』だ。『〜パトレイバー』は最初から30分×6本(最終的に全7本)でリリースすることを告知。ビデオが高額だった当時に1本4800円で販売された。テレビシリーズに近い制作フローを導入したことや、作中にテレビアニメのように本編の間にCM(AXIAカセットテープ)を挿入したことも奏功して、実現できた価格だ。

『〜パトレイバー』の成功もあって、OVAでは30分×6話ないしは12話というテレビアニメに準じたフォーマットがひとつの流れとして定着していった。『〜パトレイバー』を創造したのは、5年前に『ダロス』で世界初のOVAを監督した押井 守(監督)、マンガ家・ゆうきまさみ、脚本家・伊藤和典、メカニックデザイナー・出渕 裕、 キャラクターデザイナー・高田明美からなる5名のクリエイター集団「ヘッドギア」。『〜パトレイバー』は主に1話完結のバラエティ路線を取りながらも、「二課の一番長い日」では前後編に分けて自衛隊の一部勢力がクーデターを画策するという重厚なドラマが展開される。その物語は89年と93年公開の2本の劇場版へと受け継がれた。

マンガとテレビアニメOVA化でさらなる展開

さて、『〜パトレイバー』はOVAとマンガ、メディアを超えたふたつの作品展開の相乗効果によるヒットを受けて劇場版、テレビ、そしてOVAの新シリーズへと発展する成功例を確立した。OVAと並行してマンガが連載されていたことも重要だ。

『〜パトレイバー』はマンガ原作とは事情が異なるが、マンガ原作のアニメ化もOVAのひとつの流れだからだ。
87年には士郎正宗原作の『ブラックマジック M-66』、能條純一原作の『麻雀飛翔伝 哭きの竜』などがEMOTIONからOVA化されている。前者は青心社が発行の初期作品集『ブラックマジック』収録のSFマンガで、後者は竹書房の月刊誌『別冊近代麻雀』に連載されていた麻雀マンガ。いずれも、ファンの対象年齢が高めなので、テレビアニメ化するのは困難だ。そうしたややマイナーなマンガ原作へアニメ化の門戸を広げたのもOVAの果たした大きな役割であった。

EMOTIONレーベルのOVAで、もうひとつ注目すべきラインがある。『聖戦士ダンバイン』『重戦機エルガイム』といったサンライズ制作のロボット作品のテレビシリーズ総集編を発売し、同時にOVAのみのエピソードを新規に制作するという現在も続く、外伝モノの系譜だ。

『〜エルガイム』の場合はテレビシリーズの隙間を埋めるようなスピンオフ、『〜ダンバイン』はテレビとは異なるスタッフによる全3話のリメイク。いずれも、作品の方向性をよくとらえた良質な企画だった。『機動戦士ガンダム』なら『機動戦士ガンダム0080 ポケットの中の戦争』(88年/全6話)、機動戦士ガンダム0083 STARDUST MEMORY』(91年/全13話)がリリースされており、いずれもガンダムシリーズ本編で描かれなかった時代や場所を舞台に、世界観を深く掘り下げる作品だった。

「マクロス」シリーズでは、まず劇中のアイドル歌手リン・ミンメイのミュージッククリップ集として『超時空要塞マクロスFlash Back 2012』(87年)が制作された。92年には『〜マクロス』の続編として『超時空要塞マクロスII -LOVERS AGAIN-』を全6巻のOVAとして発売。

特筆すべきはテレビアニメ『マクロス7』と同時期に展開されたOVA『マクロスプラス』(94年)で、95年には全4話に新作カットを大量に加えて再編集した劇場版が公開された。作画・演出共にクオリティが高く、最終的に劇場アニメに昇華されるという、OVAの成功パターンの集大成とも言える作品だった。渡辺信一郎(※4)の初監督作であり、音楽の菅野よう子(※5)がアニメに初参加した作品という意味でも意義が大きい。まだ世の中に出ていないクリエ イターたちの登竜門としても、 OVAは機能していたのだ。

作品の個性を尊重し、ニーズを的確にとらえ、ファンの期待に応えるOVAを提供し続けてきたEMOTIONレーベル。 その根源には失敗を怖れない企画者たち、独創的なクリエイターたちの挑戦心があった。

※4…演出家、監督 。代表作に『カウボーイビバップ』『サムライチャンプルー』『坂道のアポロン』など。
※5…音楽家 。1985年に光栄(現・コーエーテクモゲームス)の歴史シミュレーションゲーム『三國志』で作曲家デビュー、84年にはロックバンド・てつ100%のメンバーとしてデビューした。アニメでは『カウボーイビバップ』『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX』など数多くの音楽を担当。坂本真綾などアーティストへ楽曲提供も多数。

参考資料:ANIMUSEサイト「エモーション魂」、YouTube「EMOTION 40周年記念特番第1回『ダロス』特集」

※情報は取材当時のものです。

(出典/「昭和50年男 2023年7月号 Vol.023」)

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