
独立を視野に各社を転戦した20代
日本におけるアメカジシーンの勃興と隆盛を支えながらも、表舞台には決して姿を現すことのない功労者、言わばラスボスたちに光を当てる本連載も、スタートからちょうど1年の月日が流れた。と、ここであることに気付く。ナビゲーターにして発起人でもある本江さん自身の遍歴が、じつはまだあまり語られていないことに。20年近くを数える本誌と本江さんとの蜜月、その集大成でもある本連載の深度をさらに深める上でも、今年で設立30周年を迎えたPt.アルフレッド、さらには独立以前の遍歴まで、なるべく詳細に触れておきたい。今回はシーンを代表する生き字引のひとり、本江浩二さんを取り上げる。
高校時代はサッカーとサーフィン、リトルマギーでのバイトに明け暮れ、卒業式の翌々日には上京、青山に拠点を置いた老舗ジーンズショップ「EIKO」に入社。当時の花形量販店でもあった渋谷の西武百貨店へと配属された本江さんは当初、インポートジーンズのマーケティングに苦戦していたという。
「国産ジーンズが3000円程度の時代にリーバイスは倍以上の価格。とにかくお客さんへのアピールばかりに追われていました。やがて何がきっかけかは今でもわからないけど急にバカ売れしはじめ、池袋西武にも売り場を拡張する話になりました。ぼくに一任されることになったものの、売り場の係長と意見が合わず、会社にも無断で入館書を置いて帰ってきちゃいました。あの頃はホント誰彼構わず噛みついていましたね(笑)」。
いまの温厚な本江さんからは想像しがたいが、かつて(20歳時分)は血の気が多く業務上の喧嘩が絶えなかったという。
「そろそろ他のことをやりたいと思っていた矢先、百貨店時代の知人に誘われ、エーボンハウス(英国トラッドに傾倒した国内ブランド)で勉強したいと考えました。とはいえ、特に紹介とかではなく、始業前に履歴書持って押しかければ絶対に大丈夫だからと(笑)。まだおおらかな時代でしたから、言われた通りに実行し、晴れて翌日から出勤することになりましたが、正式な入社試験で落ちてしまい、次はアイビーにも関わろうとハーバードへ。販促用の取材などにも携わりつつ2年ほど経った頃、人づてにバーンストーマーへと転職しました。上京当初から10年くらいで独立するつもりでいましたし、長居はせず、転々としながら仕事上のネットワークや人脈を割としたたかに築いていきましたね(笑)」。





“振り屋”として独立し、ジャックロビーを設立
学生アルバイト時代に付き合いのあった方の誘いでパンツ専業メーカー、バーンストーマーへと転職。同社での経験がその後の人生を大きく左右していく。
「バーンストーマーは当時、全国に点在する様々なショップのオリジナルパンツも手掛けるメーカーにして、国産チノの新興ブランドでもありました。あの頃アメカジの花形パンツといえば、やっぱりジーンズでしたしチノパンは隅の方に申し訳程度に置いてある日陰の身。とはいえ、グローバルブランドでもない限り、ジーンズが容易く売れないことを学んでいたので、チノをメインの商材にしようと考えながら、点在する卸先との関係を築いていきました」。
その後、本連載にもご登場いただいた勝社長率いるアングローバルにてマーガレット・ハウエルの生産管理を経て独立。1988年にパンツメーカーとしてジャックロビーを立ち上げ、大手セレクトショップなどのOEM事業をはじめるとともに、まずはオリジナルブランドとして「Pt.アルフレッド」をスタート。初めての謹製プロダクトももちろんチノパンだった。
「何か新しいものを作りたいとき、ショップとファクトリーの間を繋ぐ役割を、かつては“振り屋”と呼んでいて、ぼくもそのひとりでした。メーカーとしても動いてはいたものの、ぼく自身がパターンを引いたり、縫うワケではないですし、振り屋には求められるニュアンスを具現化するための感性や経験値が何より求められる。言わば編集者のような仕事でした。シップスさんやビームスさんといった大手セレクトショップのOEMでは、パンツをメインにバティックアイテムなども手掛けましたが、やっぱり自身の屋号で作るのであればチノだろうと、90年にPt.アルフレッドというネームを初めて使い、ミリタリータイプのチノパンを制作、展開しました」。
独立から6年後にあたる1994年、恵比寿の一角に10坪のオリジナルショップ「Pt.アルフレッド」をスタート。あくまで主役はチノパンと位置づけ、親和性に優れたスニーカーやワークブーツなども展開した。
「Pt.アルフレッドの由来はカナダのケベック州にある港町。英語圏なのにフランス語が公用語で使われていることを知って、ポリシー持って噛みついてる感じに勝手に共感を持ち、その名を拝借しました(笑)。平たく言えば天邪鬼なんでしょうけど、どこか反骨的なスタンスに魅力を感じてしまう性分なのかも」。



好きだけを詰め込んだ恵比寿のチノパン屋
まだインターネットが一般普及していない90年代半ば、ファッションに関する情報といえば、ショップに通って直接スタッフさんから聞き出すか、雑誌や口コミを頼る以外の術がなかった時代。本江さんも店に訪れるお客さんを言わば、啓蒙する時期が長らく続いたと振り返る。
「ちょうどレッドウィングのアイリッシュセッターが大ブレイクした時期でもあって、入荷すると同業者が素知らぬ顔でウチで買ってプレ値を付けて自分の店に出したり、ディスプレイしてあるブーツをレジにポンッと持ってくる客もいましたし、とにかくめちゃくちゃな時代だった。ぼくもいちいちそういう客を追い払っていたから、カミさんに何度も叱られましたけど(笑)。とはいえ、ネットが普及するとまた異なるタイプのお客がやってくるようになった。“何でも知ってます”みたいな顔して平然とマウントを取ってくる(笑)。ぼくら世代では考えられないようなことばかりだけど、やっぱり本質的な部分は忘れてほしくないんですね。売れるから置く、流行っているから買う、ではなく、あくまで自分の好きな世界観だったり、ライフスタイルに直結するプロダクトを取捨選択できる感覚を養ってほしいし、なにより“好き”という感覚を大切にしてほしいと思いますね」。


設立から30年店に立ち続ける理由
「好きだからこそ、ここまで続けられた」と語るように、枯れないモチベーションもまた、本江さんならではの魅力だ。
「ぼくの場合、次から次へとやりたいことが湧いてくるんです(笑)。常連さんと話していても、こういうギアがあったら便利かもとか。ちょっと説教臭くなっちゃうけど(笑)、この企画にご登場いただいた方々はじめ、ぼくらは何もない時代からひとつずつ自分の手と足で開拓していったし、それを面倒くさいと感じずに、むしろ誰もが面白がってやっていた。いまでは一般的となったノルディックウォーキングを自ら体験して関連する商品を置いたり、自転車にハマった時もせっかく乗るんだったら徹底的にこだわろうと、自転車関連の企業に直接アポイントを取り、ゼロからパイプを繋げてきたし、単にやりたいことをやる、気に入ったものを置くだけでなく、これまで自分がやってきたことの点と点を線で繋ぎながら次の世代に残していきたい、そんなことを薄っすら考えながら店に立っています」。
編集長・不気味くんの編集後記
ぶっちゃけますが、雑誌を作る側としてはやっぱり自分がおしゃれだなと思える人しか誌面に出てほしくない。本江さんは昔からとにかく服が似合うし自分のスタイルを持っている、間違いなく業界きってのおしゃれオジサンです。昔気質の頑固親父(?)ですが、何ひとつ惜しまずいろいろ教えてくれますし若い世代にとっては貴重な存在だと思います。今年でお店は30周年。まだまだ現役でいつまでも頼りになる先輩でいてください!



(出典/「2nd 2025年1月号 Vol.210」)
Text/Takehiro Hakusui Illustrator/Maki Kanai
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