「オンの日は黒靴、オフの日は茶靴を履くという英国には特有の文化があるんです」
英国トラッドに茶スウェード靴がよく合うのは、英国の文化やスウェード靴の歴史を見れば明らかだ。世界各国の革靴を見てきた日髙さんによると、「元々スウェードという素材は表革に比べても安価で、買い求めやすかったということもあり、また1900年代以前は室内で履くようなアスレチックシューズはあったものの、街中で履くようなスニーカーは存在せず、休日のカントリースタイルにはスウェード靴を履くのが一般的でした」とのこと。
優雅な生活を送る英国紳士が狩猟やハイキングなどに好じる際に、柔らかく靴磨きなどの手入れも不要なスウェード靴を履くことは至極当然のことであったようだ。スウェードの特徴でもある撥水性の高さも休日におけるアクティビティの際に着用された理由のひとつであろう。つまり、稀代のファッショニスタ・ウィンザー公の登場により、ファッションとしての市民権を得る1920年代までは、スウェード靴は単なる“アウトドアシューズ”としての位置付けであったに違いない。
そこでひとつの疑問が生じる。それは、「なぜ茶色のスウェードなのか」ということだ。その点について日髙さんに尋ねると、「英国には『オン(仕事)の時は黒の靴を履き、オフ(休日)は茶の靴を履く』という特有の文化があるようで、これは上流階級も肉体労働に従事するワーカーにも共通します。当時はブラックスウェードも存在はしましたが、このような意識から休日はもっぱらブラウンスウェードの靴を履いていたようです」との答えが。
我々が英国紳士のカントリースタイルをイメージした時にコーデュロイのジャケットやツイードのパンツ、ベージュのバルマカーンコートやワックスドジャケットなどにブラウンスウェードの靴を合わせたスタイルが思い浮かぶのは、実際に多くの英国紳士がブラウンスウェード靴を着用し、そのスタイルが写真や文献、トラッド好きのスタイルなどを目にするなかで無意識に植え付けられていたからなのかもしれない。
近年のスウェード靴の世界的な位置付けについては、「2000〜2010年はイタリア靴が流行し、スウェード靴はあまり陽の目を見ることはありませんでした。しかし、2010年以降は、カーフが希少になったという背景やクラシック回帰の流れもあり、スウェードが注目されるように。スタイルの多様化する現代は、カーフにも劣らない人気を誇っています」と日髙さん。その歴史や流行の流れを理解することで、自身のスタイルに合わせたブラウンスウェード靴を選ぶことがいま以上に楽しくなるはずだ。
そもそもスウェードとは。
鞣した革の裏側をサンドペーパーなどで起毛させたレザーのことをいい、北欧のスウェーデンに由来するという説が有力。寒さの厳しいスウェーデンで考案された加工を用いて作られた手袋がフランスで流行し、そこからスウェーデンを意味するフランス語「スウェード」が名称として定着したのだという。今日の革靴に使用されるスウェードにおいては、英国の老舗タンナー「チャールズF.ステッド社」が世界的に有名だ。
スウェードが持つふたつの優れた機能性。
その1。表革に比べて柔らかい。
表皮を1層目とすると2層目にあたる銀面を起毛させたのがスウェードであり、表革に比べて柔らかく、革靴においては履き馴染みが良いのが特徴。さらに毛足の存在によって革がひび割れを起こしにくく、耐久性も高い。
その2。表面積が大きく撥水性が高い。
雨の多い英国で重宝されたように、撥水性が高い。毛足があることで革の表面積が表革よりも大きいため、水の侵入を防ぎやすいのだ。さらに、防水スプレーを吹きかければ、まったくといって良いほど雨粒を通さない。
英国靴好きは持っておきたいスコットランドの伝統靴・ギリーシューズ。
日髙さんが所有する茶スウェード靴のなかでもとりわけ目を引いたのが〈ワールドフットウエアギャラリー〉と〈ぺルフェット〉の別注によるギリーシューズ。狩猟や民族舞踏用に作られたというスコットランドの伝統的なデザインで、タンがないのが特徴。英国の伝統的な柄で、自身の出自や所属を示すタータンチェックのソックスが見えるように設計された独特のデザインは、茶スウェードの柔らかな表情ともマッチする。
(出典/「2nd 2024年12月号 Vol.209」)
Photo/Nanako Hidaka
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