年表で振り返る! 第一次アイビーブーム「アメリカへの憧れが作りだした和製アイビーの序章」

アメリカ東海岸の私立大学に通う学生たちのファッションやライフスタイルを手本とする和製アイビー。情報が乏しい時代ならではの独自解釈や、時に大いなる誤解を交えながら第一次アイビーブームは1950〜60年代に日本全国を席巻した。

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その後も現在に至るまで幾たびかの流行が訪れ、長きにわたるアイビーブームが進行中。これまで歩んできたアイビー文化の軌跡を把握するべく、まずは1950〜60年代の第一次アイビーブームを見ていこう。

和製アイビー、壮大な序章の始まり

日本で最初にアイビーが流行った1950〜60年代頃の正統派なスタイル。3つボタン段返りのシングルブレザー、BDシャツ、フランネルのパンツ(夏はベージュのコットンパンツ)、足元はローファーやプレーントゥなどの革靴が定番アイテムだ。髪型はきっちり固めた7:3分けが基本

1950年代から2023年の現在に至るまで、時に激しく、時に穏やかに、動き続けているアイビームーブメント。「和製アイビーの誕生期」となる第一次、キーワードは間違いなく〈VAN〉である。創業者である石津謙介氏は51年に石津商店を立ち上げる。54年にはVANに改組。この頃はまだ紳士服のブランドであったが、50年代後半にアイビーという路線に舵を切ることになる。

59年のアイビースーツ発売は、目に見えて〈VAN〉がアイビーなるものを意識し出したことの表れであろう。1954年から謙介氏が制作に関わっていた雑誌『男の服飾』は、アイビーを普及するうえで最も効果的なツールとなっていた。

石津謙介(1911-2005)|誰よりもお洒落なモボだったという学生時代を経て、天津にて服作りを独学で学び、 日本にアイビーというファッションの概念を持ち込んだ、和製アイビーの生みの親

そんな『男の服飾』に、いちファンとして夢中になっていたのが、くろすとしゆき氏だ。1955年に入ったセツ・モードセミナーで、のちに大御所イラストレーターとなる穂積和夫氏と出会い、日夜ファッションについて語り合った。もはやただのファンの域を越えていた二人は、他の仲間5人を加えて「アイビー・リーガース」を結成。瞬く間に、憧れの雑誌『男の服飾』にて座談会の記事が組まれる。

くろすとしゆき(1934- )|最初は『男の服飾』などで服のことを学んでいた、いちファンだった。イラストレーター穂積和夫らと出会ったりしながら、その知識と熱を高め、誰よりも優れたアイビーの発信者としてムーブメントを作った

ちなみにこの時、彼らに取材をしたのが、謙介氏の息子である石津祥介氏だった。祥介氏はその後、60年に〈VAN〉に入社。61年にくろす氏が入社する。そして64年、いまや伝説となっている写真集『TAKE IVY』撮影のため渡米することになった。この旅が彼らにとって期待通りのものだったかどうかはさておき、この書籍はリアルなアメリカのスタイルを映し出すことに成功。

石津祥介(1935- )|VANの創業者・石津謙介の長男。桑沢デザイン研究所卒業後、婦人画報社で『メンズクラブ』の編集を経て、1960年にVANに入社。ほぼ同期であるくろすとしゆきらと共に渡米、『TAKE IVY』を制作する

一方その頃、日本で起きていたことと言えば、『MEN’S CLUB』よりも若い層に向けた雑誌『平凡パンチ』が創刊早々、大人気を博していた。おかげで若者たちは街へ、特に溜まり場となっていた銀座へ一斉に繰り出した。これが俗に言うみゆき族である。ただ残念なことに、94年に行われる東京オリンピックのおかげで世が緊迫していたこともあり、同年のうちに検挙されてしまう。

しかし、東京オリンピックでの赤いブレザー着用や、『TAKE IVY』の功績もあってか、アイビーは市民権を獲得し、66〜67年ごろにピークを迎える。しかし、ヒッピーカルチャーの登場で、徐々に衰退しながら70年代に突入する。

【豆知識】そもそもアイビーリーグって?

1933年|「アイビー」という言葉が使われるようになる

1945年|アメリカンフットボールに限ってアイビー・リーグ協定締結

1954年|アイビー・リーグ協定が全スポーツに適用される

伝統的な大学の風景が、建物に絡みついた蔦(英語でアイビー)のイメージと結びついて、こう呼ばれるようになったという説が濃厚。また、1945年に8大学の間でアメフトの独自ルールを制定。この時に「アイビー・リーグ」という言葉が初めて使われたとか。

【豆知識】アメリカントラッドはブルックス ブラザーズから始まった

1818年|H.&D.H. ブルックス社創業

1849年|既製服販売スタート

1896年|ポロカラー(ボタンダウン)シャツの登場

1901年|No.1サックスーツの登場

アイビーの土台となるアメリカントラディショナルの祖であり、オーダーではなく既製服を販売する先駆けとなった。和製アイビーの生みの親、〈VAN〉も多大な影響を受ける。

第一次アイビーブームを年表で追ってみよう

1951年|石津商店創業

最初からアイビー路線だったわけではなく、謙介氏が狙っていたのは、当時の日本では一般的ではなく“吊るし”と侮辱されていた既製服の普及だった。

1954年|石津商店からVANに改組

〈VAN〉という名前は、1946年に創刊された同名の風刺雑誌のタイトルを謙介氏が拝借。なお、VANには「第一線」や「前衛」といった意味がある。

1954年|リングヂャケット創業

実は大阪で創業した〈VAN〉。〈リングヂャケット〉も同郷で、〈VAN〉のジャケットの製作を請け負っていた。

1956年|『男の服飾』で初めてアイビールック特集敢行

1954年の『男の服飾』創刊号から石津謙介氏が携わっていた。VANを立ち上げたばかりの彼は、この雑誌を媒介にアイビーを世に広めた。

1959年|VANからアイビースーツ発売

ブルックス ブラザーズを踏襲した作りで、それまでの紳士服路線からアイビー路線に転向したことを決定づけた。画像はスティアンコル三浦さんの私物。

1961年|日本製靴株式会社がリーガルの生産・販売を開始

米国ブラウン社と契約を締結し、日本上陸。1963年の〈ヴァンリーガル〉コラボは若者の憧れの一足に。

1961年|アメリカではジョン・F・ケネディが大統領に就任

名門私立高校チョートスクール、ハーバード大卒で、スタイルのみならず生い立ちに至るまでアイビーを体現していたケネディ。彼がダラスで暗殺される直前の1963年秋、実は石津夫妻もダラスを訪問していたという。

1962年|VANから「アイビーリーグラインナップ」が登場

アイビースーツを発売後、はや3年。スーツのみならず、ネイビーブレザー・シアサッカージャケット・チノパンツ・レップタイと、アイビーを象徴するアイテムを一挙にラインナップ。しかし、この当時の世間と言えば、まだ既製服への抵抗感が強かった。

1964年|銀座にみゆき族が出没、そして東京オリンピック

64年、銀座のみゆき通り近辺にたむろしたみゆき族。大人たちから見れば不良の集団で、東京オリンピック開催直前だったこともあり同年9月に検挙された。一方オリンピックでは、赤いブレザーのユニフォームで、ブレザーが市民権を獲得。

1965年|VANチーム、TAKE IVY撮影のため渡米

くろすとしゆき、石津祥介、カメラマン林田昭慶、VAN社員だった長谷川元の4名がスチール部隊。このほかムービーの撮影部隊も含めた大所帯だった。

1966年|VANの兄弟ブランド、KENTがデビュー

〈VAN〉がカレッジスタイルならば、〈Kent〉はその卒業生のための大人なスタイルを提案した。

1967年|VANの「ケープコッド・スピリットキャンペーン」

VANショップによるキャンペーン。ケネディの別荘があった土地をテーマにしたが、社員の誰も行ったことがなかった。

第一次アイビーブームの終焉|髪は長く、髭は生え、打って変わってヒッピーへ

アイビーの優等生スタイルに対する反動もあってか、アメリカでムーブメントを巻き起こしたヒッピーカルチャーが日本にも伝播。長髪&髭にフレアパンツと、これまでとは正反対のスタイルに、アイビーは影を潜めていく。

くろすさんに聞いた『TAKE IVY』の裏側。「思っていたのと違ってがっかりしちゃった」

『TAKE IVY』の取材でアメリカに行ったのは1965年。スーツ姿のアイビーリーガーを撮る気満々だったけど、実際はそんなヤツらはいなかった。ボタンダウンシャツの裾は出しているし、チノパンの裾はカットオフしてるし、撮影初日はがっかりしたよ。でもリアルなアイビーの姿を記録しようと気持ちを切り替えて取材した結果、『TAKE IVY』は今でもアメリカで増刷され続けている。面白いものだよね。

元VAN社員の三浦さんに聞いたみゆき族とVANの話

「スティアンコル」三浦俊彦さん|1966年、「飯より好きだった」と語る〈VAN〉に念願の入社。78年の倒産まで勤務

「みゆき族を実践しに銀座まで行った」

16歳の頃、〈VAN〉のシアサッカーとマドラスを着て、住んでいた大阪からみゆき通りへ。コーヒー豆のズタ袋に、ペンで「VAN」って書いて持ち歩いて(笑)。日比谷公園で2泊ほど野宿したかなぁ。

「VANの社用車はワーゲンバスだった」

VANは「仕事よりも遊び」という雰囲気があってユルかった。社用車も真面目な車じゃなくてワーゲンバスでした。

「VANにはアイビーツアーという社員旅行があった」

社員約40人で西海岸に行きました。「マジック」というファッションショーに行くという名目だったのに、現地で謙介さんが「そんなの行かずにディズニーランドに行け!」って(笑)。みんなで3日間夢の国で遊びました。

「アイビーツアー中に高倉健さんを見た」

LAのトラッドショップを回ってたらお店から出てきた高倉健さんに遭遇(笑)。相当トラッド好きで、一人で何軒か回ってたみたい。

(出典/「2nd 2023年11月号 Vol.199」)

この記事を書いた人
パピー高野
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パピー高野

断然革靴派

長崎県出身、シティーボーイに憧れ上京。編集部に入ってから服好き精神に火がつき、たまの散財が生きがいに。いろんなスタイルに挑戦したい雑食タイプで、ヨーロッパからアメリカものまで幅広く好む。家の近所にある大盛カレーショップの名を、あだ名として拝借。
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