「最初のサンプルを見たときはやっぱり駄目かと、正直思いました」
1987年にパドレイグ・オショコン(アランセーターを世に広めた人物)との出会いがあり、2001年にモーリン・ニ・ドゥンネル(伝説のハンドニッター)の最高傑作を手にするまで、アランセーターをめぐる私の旅は、世紀をまたいで続いてきました。思い返してみると、ふたりは私にとって父と母のような存在でした。
いま、私の元には、特別なアランセーターがあります。ローマ教皇にもアランセーターを献上した稀代の編み手が、自身の集大成ともいえるような1着を編んでくれました。私は自分の使命として、モーリン・ニ・ドゥンネルという素晴らしいニッターがいたということを広く人々に知らせ、多くの人に 記憶してもらえる手段はないものかと考えていました。そんな時、米富繊維の大江さんが静岡の私の店に訪ねてきてくれたのです。
「ディスイズアセーターの次の作品はアランセーターで 考えています。協力してくれませんか」とのことでした。大江さんからはいくつかの企画が提案され、どれもいいアイデアだったのですが、私のなかではひとつの案が湧き上がってきました。それが、「モーリンさんの最高傑作をマシンニットで複製できたら、素晴らしいではないか」というものです。
正直なところ、期待はしていましたが「世界一の編み手による最高レベルのハンドニットがマシンニットにそうやすやすと再現できるはずがない」という想いもあり、半信半疑な心持ちでした。最初に仕上がったサンプルを見た時には、「ああ、これはダメかもしれないな」と感じてしまいましたね。フロントの右側(向かって左側)にはポップコーンと称する編み柄が入っているのですが、ここの立体感が不十分だったりして、どうしてもOKを出すことができなかったのです。
ですが、それから数ヶ月が過ぎ、新しいサンプルが完成したと聞いて山形まで出かけていったところ、驚きました。マシンニットでは不可能とされていた編み柄のいくつかが見事に仕上がっていたのです。これで、ようやくモーリンさんのアランセーターの素晴らしさを多くの人とシェアすることができます。天国の彼女も喜んでくれるはずです。
「1枚編むのに8時間。創業70年以来、最も時間と労力を掛けました」
米富繊維は1952年に私の祖父、大江良一が山形県で創業しました。祖父は自著にこう記しています。「新しい素材があると聞けば先駆けて取り入れ、新しい製品づくりに積極的に励んだ。設備は常に業界に先駆けて新設、導入を続けてきた。それは新し物好きでも気を衒うものでもない。良いモノを、良い環境の下で楽しく明るく産み出したいからだった」。この精神を私たちは受け継いでいます。
また、創業者は「ニットとは何か?を考えることが問われている」とも記しています。「ディスイズセーター」という自社ブランドは、「ニットとは何か?」に対する答えを披露する場として、私たちが用意したものです。
米富繊維の強みは、ローゲージ主体の生産キャパシティを有すること。世界でも有数だと自負しています。また、日本においてニットの編み立てコンピューターの1号機は米富繊維が導入しました。編み柄を表現していくプログラミングはもちろん、数値化できるもの・できないものの両方でノウハウを積み重ねてきた歴史があります。
これらを総動員し、失敗を繰り返しながらも、あきらめずにチャレンジし続けた結果が今回のアランセーターです。野沢さんにご指摘いただいたとおり、モーリンさんのように歴史に名を残したニッターのハンドニットは再現するのが本当に困難でした。まったく異なる編み柄が1着に30種類も詰まっているなんて、普通ではあり得ません。ひとつひとつの編み柄を再現するのも難しいのですが、それらの集合体として1着のシルエットを美しくまとめ上げることがまた恐ろしく困難でした。
そのため、プログラミングには大変な時間を要しました。そして、1着を編み立てるのに8時間を要するというのも前代未聞です。これだけ手間がかかるセーターは、後にも先にも今作だけでしょう。
今作は、着心地という意味ではアップデートしています。産地、繊維長、性質が異なる3種類のウールをブレンドし、アランセーターならではの粗野な風合いを残しつつ、カシミヤのような柔らかさと肌触りの良さを持たせました。
ディスイズアセーターのアランセーター
オシォコンさん、モーリンさん、野沢さん、米富繊維。セーターを愛する者が世紀を超えて繋がり、アランセーターは新章へ。この奇跡の1着こそ、アランセーターが手に入れた幸運の極み。5万7200円
【問い合わせ】
米富繊維
TEL023-664-8166
※情報は取材当時のものです。現在取り扱っていない場合があります。
(出典/「2nd 2022年1月号 Vol.178」)
Photo/Yoshika Amino Text/Kiyoto Kuniryo
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