Art Masters:プラド美術館所蔵品VR展
https://www.artmasters.jp/
VRデバイスによるプラド美術館体験、どういう仕組み?
プラド美術館はスペインのマドリッドにある美術館。パリのルーブル美術館、NYのメトロポリタン美術館とともに世界3大美術館のひとつに数えられる(諸説あります)有名な美術館だ。この展覧会はプラド美術館の正式な許可を得て作ったコンテンツ。上海で10万人、アルゼンチンで2万人を集客したという。
物語は、美術館で長年警備員を務めていたテオという老人に招かれて、夜の美術館の中に入っていき、同館に収蔵されている5つの名画を『体験する』かたちで展開する。

通路を抜けたあと、VRデバイスを装着する。使用されるVRデバイスはPICO 4 Ultra Enterprise。2160×2160の2.58インチスクリーン×2を装備し、Snapdragon XR2 Gen 2で駆動するVRゴーグルだ。

実際の会場はこんな感じ。床面と一部の壁にはマーカーが描かれており、これに基づいてVRゴーグルにはグラフィックが描かれる。

部屋は約9×23mの広さがあるのだそうだが、VR空間内には通路が描かれており、その映像を見ている限りでは通路を歩いていくので、基本的には他の観客とぶつかることはない。また、顧客は自分も含めてVR空間内ではナンバーの付いた石膏像のアバターで表示されているので、たとえVR空間内で同じ部屋にいたとしても相手を避けることはできる(それでも観客が多いと多少接触するようだが)。
そういう仕掛けで、実際にはこの部屋に立っている筆者には……。

こんな風に見えているというわけ(第三者から見えるわけではないので、Photoshopのイメージ合成です)。

さぁ、名画の世界にダイブしよう!
テオに導かれて体験する絵画は5作品。その中から特に印象的だった、3作品の演出をご紹介しよう。
まずは小手調べに、ヤン・ブリューゲルとピーテル・パウル・ルーベンスの視覚の寓意。

ここでは、作品の収蔵庫に迷い込んだような体験ができる。

続いて、プラド美術館の至宝ともいうべきフランシスコ・ゴヤの『魔女の安息日』。

この作品は、聾者だったゴヤが鬱々とした時期に描いた壁画シリーズのひとつ。彼が住んでいた家は、彼の前にも聾者が住んでおり『聾者の家』とよばれていたのだが、ゴヤはそこに住んでいる間、孤独と向き合い、悪夢とともに生きていた。その家の食堂と書斎の壁には、黒い絵の具でフクロウやさまざまな悪霊のようなものが描かれていた。
我々はVRで、飛び回るフクロウ、踊る悪霊、通り過ぎる巨人……など、ゴヤの心象風景を体験できる。

ヒエロニムス・ボスの『快楽の園』は奇妙な絵画だ。

羽根の生えた魚、巨大な鳥、謎めいた動物、人体と物体が融合したような奇妙な生命……まで400年後に同じスペインに現れたシュールレアリスムの大家サルバドール・ダリを思わせる不思議な絵が西暦1500年頃のキリスト教社会の中で描かれている。しかも、この絵は、キリスト教の教義にしたがって描かれているのだそうだ。
この不可思議な世界をVRで体験するのはまさに驚きだ。

細い、人の内臓の内側のような通路を抜けると、奇妙な生物が飛び交い、不思議な格好をした人々(?)が踊り狂う空間に出る。
これは空間内で移動可能なフリーローミングVRだからこそ出来る体験だ。
VRデバイスを持っている筆者はどう感じたか?
筆者も、家にはVision ProやMeta Quest 3があるので、「別に出掛けていって、お金を払ってVRを見なくても……」と思っていたのだが、空間内で移動できるフリーローミングVRは新鮮。自分が歩いて、見回す動きと、目に見える映し出される光景が完全にシンクロするので、異空間を歩いている感覚に没頭できる。
なにより、異空間の中でフィジカルに歩けるというのが新鮮な感覚だ。
筆者はVR酔いしやすい方なので、VRデバイスを着けてVR空間内で仮想の移動(コントローラを使っての移動)をすると、目に見えている光景の移動と、三半規管の感じる移動が違って酔いがちなのだが、フリーローミングVRは、見ている光景と三半規管の感じる移動が一致するので酔わないというのもありがたい。
コンテンツ中にエレベータのシーンがあるのだが、そのシーンだけは光景と三半規管の違和感があって、少し酔う感じはした。
美術品をVRデバイスで見ることに、新しい価値を見出せるか?
もともと、筆者は『美術品は実物を見たいので、VRで観賞する必要はない』と思っていた。なにしろ、プラド美術館も現地で2〜3日かけて観賞したことがあし、美術館・博物館を見るのは好きなので、ルーブル、オルセー、大英博物館、メトロポリタン美術館、グッゲンハイム、NY MoMA、ウフィツィ、アムステルダム国立美術館……など、世界の名だたる美術館に足を運んでいるので『いまさら、解像度の低いVRで見てもなぁ……』という気持ちはあった。
しかし、これはまったく別物のエンターテイメントとして楽しかった。
現地で絵を見ても、筆者は(見るのは好きだが)さほど美術史や作品解釈などに詳しくはないので、「なるほど、こういう絵か」と思うだけなのだが、『Art Masters:プラド美術館所蔵品VR展』は、作品解釈に踏み込んでVR展開されているので、なまじ現物を見るより深く作品の本質を説明してもらっている感じはした。
特にヒエロニムス・ボスの『快楽の園』は圧巻だった。
フリーローミングVR体験自体はすごく面白いし、プラド美術館公認のコンテンツというだけのことはあって、作品の本質に迫るエンターテイメントだと思う。数百年の時を超えて、元の絵の作者に体験してもらいたいと思った。
体験価値と、価格のバランスはどうか?
45分(うちVR30分)の体験で平日4000円、休日4500円という価格はどうだろうか?
実は、このイベント、主催は中国のAquaVision社だが、共催は空間再生流通企業、つまり空きビルや空き会議室の利用に取り組むTKPで、日本での事業展開には同社が深くかかわっている。
マーカーを展開できる空間と、VRデバイスさえあれば、どこでも事業展開可能なのだから、フリーローミングVRコンテンツは同社のビジネスと非常に親和性が高いと思う。
反面、今回のスペースで同時体験可能なのは30人ぐらいということで、30分間は場所とVRデバイスを専有してしまうので、人気が出ても大きく利益を上げることは難しい。30分間の体験に4000〜4500円を支払ってもらうにはそれなりのプレミアム性も必要だろうから、あまり安普請にはできないし。
筆者としては体験してみる価値は十分にあるが、それに4000〜4500円を支払えるかというと、人それぞれ……としか言いようはない。昨今、美術館の入館料も上がっているし、東京タワーの下という一等地で行うとなるとこれぐらいの価格になるのかな……とは思う。美術好きの裕福な人にとっては、面白い体験だと思うからぜひ足を運んで欲しいと思う。VR技術の進化に驚くはずだ。
プレミアムな場所でプレミアムな体験として展開していくのか? それとも駅前の空きスペースでフリーローミングVRエンターテイメントが気軽に味わえるようになっていくのか? 同社のこれからの展開に期待して見守りたい。
(村上タクタ)
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