シラケずにはいられなかったハイプスニーカーの宴。
皆さんはスニーカーにいくらまで出せるだろうか。マックス1万円の人もいれば、本当に欲しいモデルになら金に糸目は付けない、なんて方もいるかもしれない。では、10万円で買ったスニーカーが即日20万円で売れるとしたら……、誰しもちょっとはヤマしい気持ちがムラついたことだろう。
今日のスニーカーシーンにおけるマストツールといえば、やはりスマホとSNSはハズせない。最盛期には、借金をしてまでレアモデルを購入し、SNSに着画をアップすることで歪んだ承認欲求を満たした後、その日のうちに出品するなんて自称マニアも少なくなかったと聞いているが、冒頭に「最盛期には」と、あえて断りを入れたのは、飽和しきったブームが弾け飛ぶ寸前にあると見ているからに他ならない。
正規販売店ならいつでも購入可能なインラインモデルと別注モデルを合わせた年間のリリース量、さらにはモデルごとの生産数を完全に把握している人が果たしてどれだけいるだろうか。世界限定3000足しか生産されなかった別注モデルと、市場には出回ったものの売上が振るわなかったインラインモデルとでは、一体どちらが本当に“レア”なのか、という、ちょっとうがった疑問もよぎる。
2017年、海外版『WWD』がウェブサイトにアップした「ルイ・ヴィトンとのコラボにより、スケーターたちのシュプリーム離れが加速している」なる記事をご存知だろうか。ストリートで確かなプロップスを得ていたインディブランドが、権威的なラグジュアリーブランドにフックアップされたという、この一見ポジティブなニュースも、それまでブランドの核となる部分を支えていたスケートガチ勢からは後ろ向きに捉えられた。この逆転現象は、今日のスニーカーシーンにも置き換えることができる。
これまでマーケットを支えてきたスニーカーヘッズたちが、シラケ始めたその理由を、自身もハードユーザーのひとりでもあり、ジャーナリスティックな視点で動画配信を続けるCRDさんは、こう考察する。
「2018年にナイキの限定スニーカーアプリ『SNKRS』が発表されて以来、ゲーム感覚で楽しくスニーカーを買っていたスニーカーヘッズは、パッと見てあの限定モデルだとわかる、派手なハイプスニーカーに夢中になっていました。
とはいえ、そんなヘッズたちも毎日のように発表される限定モデルのリリースペースについていけなくなり、かつては完売必至だった[ダンク ロー]も今ではセールプライスで販売されるモデルが散見されるようになりました。それに伴い、いわゆる二次流通でも、定価にわずか数千円乗せただけの“微プレ値”モデルが増えつつある現状です」
CRDさんも言うように、二次流通市場の動向も由々しき問題となった。国内ならメルカリやヤフオクなどのフリマアプリ、さらにスニーカーに特化したスニーカーダンク、ストックエックスといった世界規模のマーケットプレイスなど、今やスニーカーは“ラクして稼げる”転売対象の筆頭格でもある。
二次流通アプリの台頭と転売ヤーたちの暗躍。
先述した『SNKRS』では、近日リリースされるモデルの販売日時を事前に発表し、熾烈な争奪戦の末に晴れて購入権を勝ち得たユーザーには「GOT’EM」という当選通知が届く仕組みとなっているが、転売する際はその通知画面をスクショし、フリマサイトにアップするのがヘッズたちの新たな常識ともなった。
さらには自動購入ツール、いわゆるBotを取り入れる業者が横行し、個人レベルではもはや太刀打ちできない状況から、昨年12月にはBot対策を強化したボットプロテクションプログラムなる新たなガイドラインも発表されている。
こうしたハイプスニーカーを取り巻く異常なまでの過熱ぶりは、もちろん日本だけにとどまることなく、2021年には、かのマイケル・ジョーダンの実息が経営する「トロフィールーム」がジョーダンブランド屈指の人気モデル[エア・ジョーダン1]の別注モデルをショップに縁のある友人や転売ヤーに横流しする通称バックドア事件が発覚し、ヘッズたちをさらにシラケさせた。
地味モデルの復権。バブルは繰り返されるのか!?
また、高騰市場だけでなく、ハイプスニーカー衰退の要因は、近年のトレンドも少なからず影響していたとCRDさんは言う。
「ちょうどファッションの流行的にも、近年は原色よりも落ち着いたアースカラー、ニュートラルカラーが主流となってきました。そうすると派手なハイプスニーカーは、かえって悪目立ちしてしまい、限定だからとそれらを闇雲に買うことに、違和感を覚えるスニーカーヘッズも多くなってきたわけです。そこで新たな価値観として、実用性の高いニューバランスやアディダス[サンバ]のような通称「地味スニーカー」に注目が集まるようになってきたんだと思います。
もちろん、エイサップ・ロッキーなどファッショニスタの着用も流行の要因として挙げられますが。地味スニーカーは、落ち着いた色みや主張を抑えたモデルが多く、ニュートラルなファッションにも合わせやすいですし、見た目のインパクトは少ない分、製造国や素材などでさりげなくこだわりを忍ばせることができるのも、評価が高い理由かと思います」
やがてディオールやバレンシアガ、グッチといった多くのハイメゾンまでもがシーンに参入すると、スニーカー本来の優れたコスパやプロダクト自体の機能性はほぼ度外視され、ヘッズたちは原点へと立ち返るべく“アンチハイプ”、“アンチレアスニーカー”へと一斉に舵を切った。長らく続いたナイキ一強時代が緩やかに幕を下ろし、ニューバランスやアディダス、ヴァンズやプーマなどの定番モデルに注目が集まると、そんな新たな動向を素早く察知した“中の人”たちは、次なる食いぶちを求め、再び別注、限定商法で対抗し始める。
「最近ではそれらの地味スニーカーにも限定モデルが増えていて、スニーカーヘッズの間では「地味ハイプスニーカー」という位置付けになっています。つまり、見た目が派手から地味にすげ変わっただけで、本質的には限定モデルが人気であることに変わりはない。もちろん、何かをきっかけにまた流れが変わる可能性もあるとは思いますが、現在はこういった地味なモデルが時代のニーズにもフィットしているということなんでしょうね」
ヴィンテージへと回帰するエイジング加工という新潮流。
地味モデルの復権とともに近年話題となっているのが、エイジングスニーカーという新たな価値観だ。世界的にも知られるシンガポールのコレクターが立ち上げたフォックストロットユニフォームからは、現行モデルにエイジング加工を施し、「1990年代に制作された社員用スニーカー」という架空のストーリーのもと、懐かしのレインボーロゴを採用した完全オリジナルのリメイクモデルとしてアップル×ナイキ〈ダンク ハイ〉が発表されるとともに、ヴィンテージシューレースの経年変化を独自に再現したものや、日焼けした風合いをユーザー自ら再現できるカスタムペンがリリースされ、各国の古参ヘッズからも概ね好評を集めた。
もちろんこれまでにもナイキの〈VNTG〉シリーズなど、オリジナルモデルの退色や焼け感を独自に再現したカスタムコレクションがリリースされてはいるが、近年再燃傾向にあるエイジングブームは、そんな前向きな経年変化だけでなく、経年劣化までもデザインに落とし込む傾向が見て取れる。
加水分解までもデザインとする行き過ぎたアートピース的解釈。
そもそもスニーカーをあえて乱暴に二分すると、寿命がないものと、あるものに分けられる。前者がバルカナイズドソールやスケートシューズに見られるカップソールなどゴム製ソールを採用する一方、後者はソールユニットに発砲ポリウレタン素材を用いているため、時間の経過とともに100%の確率で加水分解を起こし、その寿命をまっとうする。どれだけ高価で入手しようと、どれだけ丁寧に保管しようと、いずれは履けなくなるという悲しい宿命を背負っている。
とはいえ、そんな加水分解をも、あえて加工で表現したモデルが、近年になって散見されるようになった、とCRDさんは続ける。
「まずファッション業界全体を見てみると、ここ10年くらいの間にユニクロ、GUなどファストファッションが定番化し、ワンシーズンで服を手放すという習慣を持つ人が増えてきたように思います。それはSNSの普及により、流行の移り変わるペースも早くなってきたため、時代に則したアイテムを安価で手に入れる必要が出てきたからだと考えられます。その結果、この時代においては、たとえば1着のデニムやスニーカーを「はき込んで、育てる」という楽しみ方を実践する人が減少していってるんだと思うのです。
ただ、若い人たちもはき込んだデニムやスニーカーのかっこよさがわからないわけではなく、むしろ育てる文化がない分、経年変化した風合いに対する憧れはあると思うんですよね。それは、時間をかけて着続けないと得られないものだから。とはいえ、本物のヴィンテージは高かったり、入手困難だったりします。
その上、古ければ古いほど、着用が難しい状態になっていたりしますよね。そこで、新品の時点でヴィンテージの雰囲気が得られる「エイジングスニーカー」が近年、重宝されてきたんだと思います。その象徴的なモデルがオフホワイト×ナイキ〈エア・ジョーダン2 ロー〉で、経年劣化の最終段階、加水分解をデザインとして落とし込んでいます。
この発想はメゾン マルジェラのスニーカーで、すでに具現化されていましたが、スニーカー最大手のナイキが、コラボとはいえ自社製品の劣化した姿をあえてデザインに起用したということは、シーンのひとつのターニングポイントになったと思うのです。そして、この流れが最近、新たな潮流を生み出すきっかけになっていると」
“履きつぶす”ではなく、“履き古す”時代へ。
プラダのシューズボックスで設えた便器やシャネルのロゴ入りチェーンソウなど、資本主義社会のポップアイコンを引用した風刺的な作風で知られる現代芸術家トム・サックスも、じつはナイキと10年来のパートナーシップを結ぶアドバイザリースタッフのひとりだ。
彼は2012年の正式契約以降、ブランド内に〈ナイキ クラフト〉なるサブレーベルを立ち上げ、宇宙飛行をコンセプトとした自身の個展とリンクする「マーズ ヤード」シリーズをはじめ、これまで数モデルのディレクションを手がけているが、昨年リリースされたGPSこと〈ジェネラルパーパスシュー〉こそが、これまでのパートナーシップにおける集大成的プロダクトとなった。
彼はかねてより「転売は恥ずべき下品な行為」であるとシーンの現状を憂い、自らも「私は限定品には関心がない」と英国版GQのインタビューでも語っている。さらに同インタビューにおいて「スニーカー収集や高額取引に反対しているわけではありません。ただ、そうした行為は私にとっては優先順位が低い。(中略)私が子どものころは、新しい靴、古い靴、そして本当に古い靴の3足しか持っていませんでしたが、大抵それで事足ります。(中略)今回のGPSには、その名の通り、万人に履いてもらいたいという思いがあった」と語り、ナイキより発表されたオフィシャルプレスリリースでは、あえて履き古したGPSをメインイメージに掲げた。つまり、意図的な加工ではなく、実際の経年変化をひとつの美徳として再定義したワケだ。
「エイジング加工が施されたスニーカーも、先に語った地味スニーカーも、共通して新品同様にピカピカに磨かず、むしろ履き込んだ風合いが魅力的に映ります。もともとの加工やデザイン上、あまり劣化が気にならず、従来の派手なハイプスニーカーのように、神経質に手入れしなくても格好よさがキープできるのです。そのため、取っ替え引っ替えされてきた従来のハイプスニーカーや、ファストファッションへのカウンターとして、長く履ける地味スニーカーが流行する可能性は十分ありえると、私は考えていますね」
あなたが履いているスニーカーは本当にレアなのだろうか。金さえ積めばいつでも手に入るものをレアとするなら、世界一のコレクターは世界一の金持ちということなる。これからは大切に保管するのではなく、大切に履き古す。’90年代以降、ハイプ一辺倒だったスニーカーシーンも、ようやく本格的な岐路に立たされている。
(出典/「2nd 2023年6月号 Vol.195」)
Text/Takehiro Hakusui
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