現場はハプニングだらけ! それでも陽気に明るくやっていましたね
『刑事物語』シリーズ第4弾『くろしおの詩』。全5作のなかでもコメディ色が強く、本作のみ武田鉄矢が脚本に関わっていないことから異色作として知られている。
「『くろしおの詩』は脚本家に丸投げでしたね。この時期は、申し訳ないんですけど『刑事物語』どころじゃなくなってたんですよ。なんでかって言いますとね、私、この後に『幕末青春グラフィティRonin坂本竜馬』の撮影が入ってくるんです。それでそっちの方に頭がいっちゃっていて、プロデューサー、スタッフ、監督一同から押さえつけられるようにしてやったのを覚えています」
『くろしおの詩』は1985年10月公開、『〜Ronin』は翌年の86年1月公開作品だ。
「もう『刑事物語』のスタッフは、みんなノっていましたからね。この頃は最初にネジを巻いたら、あとは全部オートマティックに動く、というくらいになっていましたから、アクションシーンもツーカーで動くんですよね。大立ち回りの殴られ役も『1』(82年)から全部同じなんです。だからどの作品も同じヤツがブッ飛んだり倒されているんです」
キャッチコピーは「男・涙のとらばーゆ/ヤクザ刑事・片山どこへゆく!! 」。なんと武田演じる片山刑事がヤクザの組員に転職!? という仰天設定のコメディ編となっている。
「これはプロデューサーが、最初に私がもっていた構想の片山刑事のシリアスさを極力否定してかかっているんです。東宝さんも『喜劇作品としてやってほしい』ということだったので、味付けがちょっと喜劇一辺倒になっているところはありますね。考えてみればもったいないことしていますね。だって、すっごくよいキャストを用意しているんですよ。まずヤクザの親分に大友柳太郎さん。パワーダウンしていく哀れさをていねいに深く演じてくださいましたね。悪役には石橋蓮司さんで、チョイ役のからかい役として植木等さんですよ!」
ハードスケジュールのなかで撮られた本作は、とにかくハプニングの連続だったという。
「もうハプニングだらけなんですよ!というのも、この時期はホンモノの方々の抗争が真っ最中で、その〝支店〞のひとつが土佐の高知にあったんです。映画での組事務所もそれらしい場所を選ぶんですけど、その近くに…ちょうど(ホンモノが)あったんですよねぇ。それでもプロデューサーは引かないし、場所も移しようがない。そんな危ない時期なのに、それでも陽気に明るくやっていましたね」
そんな時期に〝らしい〞ハプニングが起こった。
「ラストの大立ち回りは暴力団同士の撃ち合いから始まるんです。そこに片山がゴルフのスモークボールを打ち込むんですけど、撃ち合いを始めたところでパトカーが来ちゃいまして(笑)近所の方が『抗争だ!』と通報したんですね。それで撮影を中断して、謝って…。そういったハプニングが相次いだものだから、『くろしおの詩』は私、全体的に不機嫌なんですよ(笑)」
ハードさはスケジュールだけでなく、アクションもまた…。
「この作品で私はゴルフクラブを振り回すんですけど、振り回し方が悪くて、もみ合いでクラブが折れて、その破片で手のひらを三針ほど縫うケガをしてしまったんです。治療を終えて現場に戻ったら、大立ち回りも急げや急げになってしまって、監督が立ち回りのリーダーに向かって『なるべくワンシーン、ワンカットでやってくれ!』と言うんですね。なので、30数手くらいのアクションをいっぺんで回しているんです。これって難易度高いことなんですよ。でも、あとででき上がりを観ると、シーンを切っていないから、おもしろい立ち回りになっているんですよね。『スター・ウォーズ』もそうですけど、やっぱりアクションをワンカットで回していくっていうのは長ければ長いほどおもしろいんですよ」
笑いもあれば泣きもあるロケ先でのエピソード
作品の舞台は高知。武田が敬愛する坂本龍馬の故郷でもある。
「私が竜馬を演っていた関係で印象がよかったので、ロケ現場ではすごく協力いただきましたね。交通会社から造船所…全部使えるんですよ。空撮をやるにしてもセスナのパイロットさんが格安にしてくれて。このシリーズはビンボーだからホントはあんなのできないんですよ。他にも旅館代から何まで相当安く値切ってもらえたんじゃないかなぁ。とにかく高知城、龍馬の銅像が建っている桂浜、はりまや橋、夜のネオン街…とにかく土佐の町は使いたい放題。ホント、抗争以外は全部順調でしたね(笑)」
コメディ色の強い本作だが、武田がコメディ演技で注意している点はなんだろうか。
「人間の〝生身〞が露出していないと笑いというのは出てこないんじゃないかな。私が作ったギャグシーンでいうと、ヒロインが妊娠していて、片山が病院で簡易ベッドでヒロインの添い寝をするんですけど、これが故障していて枕元がガクン! と落ちるんです。あれは監督から『いいね!』と言われました。つまり動きと一緒に出てくる人間の素地の可笑しさですよね」
笑いもあれば泣きもあるのが『刑事物語』。そのラストシーンは全作、哀愁にまみれた名シーンになっている。
「『くろしおの詩』のラストは好きでしたね。片山が妊娠している娘と所帯をもとうとする。そんな淡い夢が駆け抜けた後、その娘の婚約者が現れ、片山は彼女のもとを去って行くことになる。そして町を出る際、桂浜の龍馬像を見つめながら、『あなたは立派な人だったんですね…』とつぶやく。私はね、チャップリン映画のラストカットが好きなんですよ。チャップリンは女の子と腕組みしながら背中で去って行きますけど、私の場合は女の子を見送って一人で遠くなっていく。そういう男の後ろ姿が好きだったんですよね。これは『1』から共通して言えることなので、ラストは自分でも思いどおりにできたな、と思います」
そして武田が「運命の先まわりを感じた」という不思議なエピソードもある。
「片山の下宿先として借りた場所は窓の外に高知城が見えてロケ先としてはすごくいい場所だったんです。後に、そこの大家さんが私が後年『功名が辻』(06年/NHK)で演じる土佐の戦国武将・五藤吉兵衛の末裔だったということが判明するんです。『くろしおの詩』ではそんな不思議なことがあったんですよ」
『金八』撮影中に浮かんだアクションのアイデア
人気シリーズ『刑事物語』誕生のきっかけは、武田の当たり役のひとつ『3年B組金八先生』の坂本金八へのアンチテーゼがあったという。
「役を懸命に演じて、その役が当たれば当たるほど、時としてその役を裏切って真逆に行きたくなるんですね。もうどこへ行っても金八先生として扱われていましたものですから、『反対側にいきたいなぁ』と思うようになったんです。かといって完全に今のイメージから外れすぎる極端な悪役を演ったりはしたくはない。そこで金八と共存できつつもキャラは真逆、という役を探していたんですよね」
加藤優(演:直江喜一)らが中学校の放送室に立てこもる第2シリーズ屈指の名作回「卒業式前の暴力」でも、〝金八ではない役〞を思うことがあった。
「あの回では学校に流れこんできた警官隊に金八が突き倒されるんですが、その時も『イヤだなぁ。警官隊相手に暴れるような役を演りたいなぁ』って思っていたんですよ。そして『金八』では毎朝早い時間に土手に連れていかれ、子供たちの演技が終わった後に私の出番になるんですが、子供の演技に時間がかかると、とにかく待たされるんです。そこで退屈でしかたないのでバスの車内に掛けてあったハンガーをクルクル回しているうちに『…あ、これは武器になるなぁ』と」
『刑事物語』名物・ハンガーヌンチャク誕生の瞬間だ。では作品全体のアイデアは? 「それは、2本の映画です。ひとつは『ダーティハリー』(72年日本公開)、もうひとつはジャッキー・チェンの『ヤング・マスター師弟出馬』(81年日本公開)。刑事モノでカンフーアクション、『ダーティハリー』がもっているクールなダンディズム、ジャッキーがもっている〝動きで見せる〞笑わせ、この2つを合わせたらおもしろいんじゃないかと。刑事だと立ち回りでアクションもできますからね。そして両作とも画面から低予算が匂いっぱなしの作品なんですけど、その分身体を使っていることで画面をやせさせず、ものすごく豊かにイメージを伝えている。私もそういう作品を撮ってみたいなぁ、と」
この設定に先のハンガーヌンチャクのアイデアが合体する。
「このシリーズの見どころは毎回、アクションで片山が〝有り物〞でなんとかするというとこ。ただのハンガー、ただのラケット…そういうモノが千年の歴史をもつ武具に見える。そのアイデアはかなり殺陣師と語り合いましたね。それと凝りたかったのはアクションに入る前に運動靴に履き替えるシーンです。あれが大事なポイントだと思っているんですよ。あれで片山がチェンジするんです。『仮面ライダー』でいうところの変身ベルトを持っていないとダメだろうと」
しかも片山は、〝有り物武具〞をそのまま使わない。『くろしおの詩』ではゴルフクラブを逆さに持ち、トンファーのように使用する。「そのまま使ってしまうと、ただの乱暴者になってしまうからですよ。〝技〞にするためには普段とは逆の使い方をしないと武具になりませんからね。あれは観ていた方からもすごく褒められてうれしかったですね」
では、実現しなかった幻の〝有り物武具〞のアイデアは?
「これは、やりかけて失敗したんだけど、麺の湯切りです。熱湯のしぶきで相手をたじろがせるというのがおもしろそうだったので本気で練習しましたね。屋台を離れず、いちいち湯切りを熱湯につけながら器用に回すんです。回すことで武具に変えるんですね。で、ブルース・リーの反対で、やられた方が『アチャー!』って叫ぶの(笑)」
武田鉄矢が撮るなら… 作品に華を添えた名優たち
『刑事物語』は本格的な中国拳法を日本映画で披露した作品でもある。ジャッキーにカンフーの師匠がいたように、武田にも中国拳法家・松田隆智という師匠がいる。
「いろんな方のすすめで松田先生にお会いすることになって『映画向きのカンフーはないでしょうか?』とたずねたところ、『動きがおもしろいんでカマキリ(蟷螂拳)はどうか』とおっしゃってくれたんですね。それからは仕事の隙間を縫って練習の日々。松田先生に仕事現場まで来ていただいてスタジオで基本を教えてもらったり…そんなことを5作目までずっとやっていましたね。でも、カンフーの動きと立ち回りの動きって異種なんですよ。それをどう融合していくかが『刑事物語』の難しいテーマでした。松田先生も中国拳法をなんとか日本に根づかせようとがんばっておられたので、私に対しても真剣だったと思うんです。それは忘れがたき日々ですよね」
武田鉄矢はジャッキー・チェンとともに間違いなく80年代のカンフースターだった。なんと、そのジャッキーとも邂逅があったという。
「福岡で行われた、アジア中のスターが集まる映画祭にゲストで出たことがあったんですが、そこにジャッキー・チェンがいたんです。私が『わ、ジャッキー・チェンだ』って見上げていたところ、ジャッキーが私を見つけて『タケダさーん!』って言いながらハンガーを振り回すマネをしてくれたんですよ。あとで聞いたら、ジャッキーはファンの多い日本は市場になる、ということで共演者として何人かに目をつけていたそうなんですよ。そこで私が頭をかすめたのかもしれないですね」
シリーズでは華麗な女優陣も見どころ。有賀久代や園みどりといった新人をはじめ、武田憧れの女優・酒井和歌子、『若大将』シリーズのマドンナでお馴染み星由里子や、賀来千香子…などなど大女優がストーリーに華を添える。
「沢口靖子と鈴木保奈美という2大女優が銀幕デビューしたのは『刑事物語』ですね。私は『金八先生』で絶対にキャスティングに口出しはしなかったんですが、この2人は私が『あの娘がほしい』と決めていました。2人とも暮らしの匂い…玄関から出てきそうな感じがするんですよ。男の子って、家から出てくる女の子を電信柱の陰からジッと見ていたりすることがあるじゃないですか。その時、女の子と一緒に印象に残るのが家の玄関。他のべっぴんさんってあまり〝家の匂い〞がしない人がいますよね。そういう方は『刑事物語』には使えないんですよ」
そして田中邦衛に樹木希林(第1作)、稲葉義男に金子信雄(『りんごの詩』)、夏木陽介に金田龍之介(『潮騒の詩』)、小林桂樹に村井国夫(『やまびこの詩』)など、日本映画を代表する俳優が脇に名を連ねているのもシリーズの見どころ。また高倉健に西田敏行(第1作)、タモリに倍賞美津子(『りんごの詩』)、ハナ肇に木暮実千代(『潮騒の詩』)などが端役として出演。この豪華メンツは「武田鉄矢が映画を撮るなら」という思いで集まったという。
「よくそろえましたし、よく出ていただいたなぁと。『刑事物語』は警察署という人間が渦巻く場所が舞台なので、とぼけた演技の方も演技派の俳優さんも出しやすかったですよね。今で言う〝ヒューマンスクランブル〞としての警察署。私も『刑事物語』ではいろんな人とすれ違いました。今は『すごい方たちとやらせていただいていたんだなぁ』と、ただただ感謝しています。振り返ってみれば、こんな豪華キャストではもう作れませんよ。自分たちでは『俺たちはB級映画』なんて言っていたんだけど、考えてみたらA級の輝きがありますよね。だって、あの高倉健がチョイ役で出てくる映画なんてないですよ(笑)」
最後に武田鉄矢が想像する、現在の片山刑事はどのような姿だろうか?
「片山を演じる夢はもちろん見ています。私の年齢ですから、警察を退職しているでしょうね。でも彼は若い刑事のアドバイザーになっているんじゃないかな。そして密やかに濃厚に、そして殺気をもった老人として、どこかで武道の練習をしている…そんな姿を夢見ていますよ。実は新作を演じるのならこういう武道がいいんじゃないか、というアドバイスを松田先生からいただいてから、合気道をやっているんですよ。もう9年目になりますかね。だから〝いつでも演れる〞というのが、自分の一生のテーマじゃないかな。うん、気持ちだけはハリソン・フォードに負けないように(笑)」
(出典/「昭和50年男 2023年9月号 Vol.024」)
取材・文:内田名人 撮影:吉場正和
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